社長の全国出張事件簿その6
日本の橋シリーズ
京都・四条大橋 編


京都鴨川沿い。




「全国綱遊会」(ぜんこくこうゆうかい)なるものを細々と運営している。

 ワイヤロープ業界期待(?)の若手の集団である。

 その第1回決起集会が、平成6年11月に京都で行われた。

「第一回ということで場所をどこにしようか迷いました。そこで独断と偏見で京都に決定させていただきました。京都は僕が学生時代を過ごした街であると同時に、現代日本を作り出した街でもあります。
 
 幕末、この街は多くの若者たちの血が流されました。勤王か、佐幕か、はたまた開国か、攘夷か。今から思えば笑ってしまうことも、当時は命をかけて、自分の気持ちに正直に僕たちと同じくらいの若者たちが戦って死んでいきました。
 
 やがて明治の世となり、近代文明が始まり、今日に至っています。別に、今更過去の英雄たちの話しをする気はありません。
 
 ただ、今後このワイヤロープの世界に生きていくであろう僕たちが、全国から初めて集まり、多くのことを語り合うであろう期待を込めて、新しい第一歩、ワイヤロープ維新前夜という祈りを込めてこの京都という街を選んだしだいです」

 第一回の案内状にはそんな言葉が記されていた。

 今となっては結構青臭いことを言ってる。

 でもその精神は今でも脈々とみんなの中に流れているのは、その後の活動に確実に現れている。

 さて、そういうわけで東京から、大阪から、名古屋から、北陸から集まった9人は早速、京都先斗町の店へと足を運んだ。

 有名なすき焼き屋の二階座敷で宴会は静かに始まった。

 最初は今後の活動など、会に関することをいろいろと取り決めた。

 時間が経つに連れ、酒・ビールの量は増え、皆あちこちで話しに花が咲いている。

 なんせ、ビールでも酒でも5本単位で言うもんだから、たちまち空瓶の山である。

 そのうち学生みたいに一気飲み大会が始まり、バツゲームとしてすき焼きのタレを一気飲みしたり、窓から先斗町の通りへ奇声をあげる者まで出てきてとりあえず一次会はお開きとなった。

 みんな目つきが違ってきてる。やけに陽気だ。ラテンのノリだ。

 四条大橋まで戻り、そこから鴨川の河原へと降りた。

 その日は土曜日。河原にはアベックがズラーと息を潜めている。

 河原を吹き抜ける風が火照った身体に心地よく、最高の気分だった。

 ブラブラと河原を三条大橋まで歩いた。

 しかも横に9人が並んでGメン75スタイルで歩くし、時々大声を出したりするはで回りの人たちもきっと変な目で見ていたことでしょう。

 それから三条のカラオケボックスでひと暴れ(ボックスの皆さんすみませんでした)した後、9人は3組くらいに別れて行動することになった。

 あのまま9人で行動してたら、きっと警察のお世話になっていたかもしれない。

 僕は会長に選任されたK(20年の任期)とHと3人で再び鴨川の河原を四条に向かってフラリフラリと歩き始めた。

 相当なんてもんじゃないほど、酒は胃袋に納められていたのだが、時々逆流してきそうになる。

 鴨の河原は京都でも一番好きな場所であるが、そんなもんも目に入らない。

 何もかもクルクル回っていた。人も、川も、橋も、星も、ネオンも。

 とうとう僕は座り込んで、先斗町側の疎水に向かってゲボゲボモードに入った。

 京都観光協会のみなさん本当に申し訳ありませんでした。

 心より反省しております。

 KとHはスタスタと先に歩いていく。

 くそっ、あいつらすき焼きのタレ飲んでなかったもんな。

 このままここで眠りたい。という誘惑に耐えながら僕が腰を上げたのは相当時間が経っていたことだろう。

 二人の姿は見えない。

 今日はみんなでホテルに泊まる予定なのだが、京阪電車で帰ろうかなと思った。

 フラフラ、フラフラとボウフラかミジンコみたいに踊りながら河原を歩いていく。

 二人が不服そうな顔でタバコを吸っていた。

「遅い!」

 の声に、ごめんの声も出なかった。

 背中くらいさすってくれや、と言うと、

「あかん、もらいゲロしそうになるから」と言われた。

 三人で歩き出そうとした時、Hが叫んだ。

「落ちた!」

「何が」

 どうせタバコの灰でも落ちたとか言うんやろとたかをくくっていた。

「人間が鴨川に落ちたで!」

「えっ、ええ〜〜〜!!」

 最初僕は四条大橋から人が落ちたということだと思った。

 そんなあほな。そんな奴おらんで。

 今年阪神は優勝してないで。と思っていた。

 所詮、酔っぱらいの頭の中である。

 僕たち3人は駆け出した。

 河原でアベックが呆然としていた。

「どないしたんや」

「い、いや、女の人が転がってきて・・・」

 転がって?なんや、土手からすべったんかいな。

 僕らが川面に目を向けた。

 水草がうっそうとしていてよく見えなかった。

「あっ、あそこや」

 Hが指差す方に視線を向けた。

 若い女の姿を認めた時、酔いが一変に醒めた。

 女は仰向けに倒れていた。

 ちょうど浅瀬でよかったのか、白い顔だけが水面に出ている。

 目は開けており、意識はあるらしい。

 しかし動こうともせず、この時期冷たいはずの川の水につかったまま、顔だけを上に向けて半分微笑んでいる。

 草影の中、そこだけが別世界のように女はピクリともせず浮いていた。

 何や、こいつ。気持ち悪いな。

 仕方ないのでとりあえず、ひっぱり上げることにした。

 水に注意しながらひっぱり上げる。

 せーの、よいしょ、ズルズルズルズル。

 女はされるがままになっている。

 河原へ寝かせてもうつろな目で放心している。

「何や、こいつ酔うてんかいな」

「おい、おまえらなんですぐに助けないの?」

 Kがアベックの男の方に詰め寄っている。

「いや、さっきから何回もあぶないですよ、と注意してたんやけど、結局ズルズルって落ちてしもて」

「あっ、め、メガネ」

 初めて女が口を開いた。細い声だった。

「ほっとけ、ほっとけ、メガネなんて知らんわ」

 僕が怒鳴った。何か無性に腹が立った。

 メガネより先に「ありがとう」やろ。

 ところがHがそこらへんを捜索してやり、メガネと何と靴まで探し出した。

 Hが女にそれらを渡すと女は小声で何か言っていたようだ。

 それが、礼を言っていたのかどうかわからないけど、

 人騒がせなことや。

「大丈夫か?タクシーで送ろか」

 Hがとんでもないことを言ってる。

 これはすでに親切以上の気持ちが働いているにちがいない。

 女は相変わらず無表情のままだ。こいつあぶない奴とちゃうか。

 回りを見るといつのまにか人が集まってきている。

 四条大橋の上からも何人か見物している。

「はよ服着替えなカゼひくで」

 そう言って僕たちは河原から大橋へと上がった。

「びっくりしたなあ。普通川にはまるかあ?」

「気持ち悪かったなあ、あお向けに浮いとったもんな」

 秋から冬へと季節は変わっていく。京都の夜もすでに肌寒くなっていた。

「飲み直そうか」

「ダメ、俺はもうあかん」

「じゃあ、見てなさい」

「そんなあほな」

 河原町のネオンの輝きはこれからだ。