社長の全国出張事件簿その5

魅惑の白い街名古屋エビフリャー編





「白い街、白い街〜名古屋の街〜♪」思わず口ずさみながら僕は栄を歩いていた。

 さすが名古屋一の繁華街、こんな時間になっても人通りは絶えない。

「おい村田、どうする?もう一軒行くか?」

 学生時代の友人野々村が目の下を真っ赤にしながら言った。

 こいつは2年前から名古屋支店に転勤となり、久々の再会に僕たちは明日のことも考えずに飲み続けていた。

「あほか、これくらいの酔いで帰れるか!ばかもの!」

 呂律が怪しくなっているのが自分でもわかった。おまえこそ、ばかもんだ!

「そりゃそうや、せっかく名古屋まで来てくれたんやから今日はまだまだ行くぞ!」

 野々村も相当怪しい。

「う〜ん、よっしゃ、野々村ゲームしよ、ゲーム」

「ゲーム?なんやそれ」

「今俺らの仲間内ではやってんねん。ええか、今度の行く店ではな、お前と俺は青年実業家ということにすんねん。ジャンケンで勝った方が社長で負けた方が秘書でも何でもええ。社長は社長らしい態度でやな、きっと向こうはまあお若いのに社長さんなのって絶対言うからやな、その役になりきる。結構おもろいで。その他に双子の嫁をそれぞれもらった亭主シリーズとか、役者の卵シリーズ、売れない芸人バージョンなんかがあるんやけどな。いかに相手をだませるか、おまえ何やりたい?」

「俺、弁護士がええ!先生って呼ばれるんや」

「あほか、そんなん専門的なことつっこまれたらすぐバレるがな」

「それもそうや」

「しかし法学部卒業のふたりが情けない」

「俺は4年で出たけど、お前は卒業半年延びたからな」

「あほ、もう昔のことは言うな。それやったらお前かてマージャンで役マン2局連続振り込んでやな、本気で泣いてたがな」

「おいおい子供のけんかやないんやから。徹マン明けで講義中居眠りしてて、教授に注意されてやな、寝ぼけてリーチと言ったおまえには負ける」

「もうええわ。それよりどうすんねん」

「そうやな。えーと、そうや、あれでいこ」

 野々村の目が一層怪しく光った。

 20分後僕たちはミニスカートと網タイツの誘惑にあっさりと負けて、栄のキャバクラ「アロエジュース」のボックスに腰を下ろしていた。

「ええ、探偵なの?」

 髪をまっ茶茶に染めたピンクのボディコンがオーバーに驚いた。

「そうやねん。俺が副所長でこっちがまだ助手やけどな」

 野々村が得意そうに言った。くそ、ジャンケンで負けてしまった。

「ねえねえ探偵ってどんなことすんの?浮気の調査とか、身元調査なんかするの?」

「まあ、一般的には地味な仕事ばっかりやな。テレビや映画みたいに警察に協力して殺人事件を解決なんてのは絶対ない。そやけど今はコンピューターの時代やからな、いろんなデーターを操りながら調査を進めるわけや。主に俺は事務所に座りっぱなしで指示を出す。後はここの助手たちが足で調べていくわけや。なあ、村田くん」

「そうですね。今事務所には10人ばかりのスタッフがいるんですけど、所長と副所長以外は毎日外回りです。特に浮気調査なんかは大変ですよね。尾行しなくちゃいけないし、ホテルに入れば出てくる決定的瞬間をカメラに撮るために張り込みをしなくちゃけない。」

「いやあ、人が気持ちいいことしている間にこっちは、寒いときでも暑い時でも突っ立ったていなくちゃあかん。俺も下積みの時は苦労したもんや、まあせいぜい若いときは苦労しとくもんや、なあ村田くん、ははははははは」

 何が苦労や。同じ年のくせに、よく言うよ。

「へえ、大変ね。でも副所長さんまだお若いのに」

「あっ、僕?そうやね、やっぱり持っている才能というかセンスというか、おかげですっかり所長に信頼されているからね。なあ、君」

「えっ、そうですね。副所長は僕らとあんまり年が変わらないのに仕事はやはり抜群に出来るお方ですから」

「そんな優秀な副所長さんが名古屋まで出張なさるって今度は大きな調査でも?」

 耳にでっかいピアスを付けた網タイツの女の子が初めて声を出した。

「うーん、それは企業秘密やからな。クライアントあってこその探偵家業やから、いくら可愛いおねえちゃんの頼みでも言われへん」

「ええ、聞きたいなあ」「誰にも言いませんから」

 ボディコンとピアスが同時に声をあげた。

「ただひとつ言えることは、この俺が出てくる以上、浮気とか、その他の調査の類いではないということだ。そしてもうひとつ、俺が出てきた以上事件は必ず解決する」 

 よく言うぜ。しかし女の子たちはすっかり信じている様子である。それだけ野々村の演技は悦に入っていた。

 さらにこの野郎は調子に乗ってまくし立てた。

 たぶん最近読んだ推理小説をそのまま言ってんだろう。

「そうやな。せっかくやからヒントあげよか。兵庫県の芦屋知ってるか」

「高級住宅街でしょ。でっかい屋敷ばっかり並んでるって」

「その通り。その中でも六麓荘ていう最高級住宅街がある」

「あたし、聞いたことがある。芦屋大学があるとこ」

「よお知ってるな。どこの家でもゴルフのミニコースが作れるという広さや。そんなある大富豪の奥様が謎の失踪をとげた。書き置きも何もない。ご主人ていうのが50歳なんやけど、その奥さんはまだ32歳でものすごい美人やったらしい。警察に届けたいにも、亭主の経営する会社ていうのは日本人なら誰でも知ってる有名企業やから公にはできない。そこで独自に奥様の行方をうちに依頼して探すことになった」

「どこかな、有名な社長さんて」

「ひょっとして殺されてたりして」

 ボディコンとピアスがそれぞれつぶやく。

「それがやな調べている内に意外なことがわかった。実は、」

 みんなが一斉に野々村をのぞき込むように注目する。

「奥様は不倫していたんや。相手の男は驚いたことに神戸にあるホテルのボーイでまだ25歳。たぶん何かのパーティがそのホテルで開かれたんやろう。そして奥様と青年は恋に落ちていく」

「ドラマみたい!」

「じゃあ駆け落ちしたんだ。どうせ報われぬ恋だもん」

「我々もそう思った。その線で最初は動いていた。しかしだ、俺はどうも違うなと睨んでいたんだ。これはただの駆け落ちじゃないぞってね。なあ村田くん、おい村田くんたら」

 半分ウトウトしていた僕は野々村の声に起こされた。

 まだしゃべってんのか、こいつ。

「だめだよ、寝てちゃ。上司の話しはためになるんやから。そんなんじゃ出世しないぞはっはっはっはっはっ」

 ばかが。完全になりきってやがる。よおし、いじわるしてやれ。

「えーと、どこまで話したっけ。あっそうそうただの駆け落ちじゃなかったんだ。一緒に逃げた男が実は死んでいたんだ。しかも札幌で。そしてその男の出身地がここ名古屋というわけだ。僕はね、その死因は」

「あの副所長、お話し中すみません。実は僕、財布忘れて来たみたいで。持ち合わせがないんですよ。さっきから気になってどうも落ち着けなくて」

「そんなの副所長におごってもらいなさいよ」

「そうそう、貰ってる給料が違うんだから。ねえ副所長さん。可愛い部下だもんね」

「えっ、そ、そうやな。きゅ、給料が違う、もんな」

「ありがとうございます」

 僕の元気な声とは裏腹に野々村の顔は少し引きつっていた。

 その時タイミング良く店のボーイが寄って来た。

「そろそろお時間ですが、ご延長の方どうなされます?」

「まだ帰っちゃやだ」「ねえもっとお話し聞かせてよ」

 女の商売上とはわかっててもその甘い声に野々村は顔をひくひくさせている。

 一応僕の分も出してくれるらしいので迷っているのだ。

 でも僕は奴の性格をよく知っている。女の子に水割りのおかわりを頼む。

「よっしゃあ、さあ1時間でも2時間でもガンガン行くぞ!」

 何かを吹っ切ったように野々村は大声をあげた。

 僕がビジネスホテルの小さすぎるベッドに転げるように倒れたのは午前4時を10分ばかり過ぎていた頃だった。

 さすがに次の日はしんどかった。

 それでもフラフラになりながら名古屋市内を回っていた。

 昼休み、名古屋港のフラワーガーデンのベンチに座りながら苦い煙草をふかしている時だった。

 ふいに携帯電話が鳴って出ると野々村だった。

「よお、副所長昨日はごちそうさん」

「あほもうそれはええて。おまえのせいで給料日から3日ですでに大ピンチや」

「今度大阪帰ってきたら俺が所長するからな。そやけどおごったれへんで」

「鬼か、おまえは。そんなことどうでもええねん。大変や」

「ついにリストラされたか」

「その時は三光鋼業に雇うてもらうがな。ちゃうちゃう、昨日ののぞみちゃんや」

「のぞみちゃん、?誰や」

「最後の店でおった、ほらでっかいピアスした」

「ああ、網タイツちゃんの方やな」

「そんなんだけはよお憶えてるな。そうや、その網タイツちゃんが電話かけてきよったんや」

「何、おまえ携帯の番号教えてたんか?」

「まあな。かけてくんのはええんやけど、依頼してきよった」

「依頼?」

「探偵のや、何とか頼むって」

「ええっ、彼女マジに信じとったんか、俺らが探偵やて」

「みたいやな。まさか今さらシャレですなんて言われへんしやな」

「はははははは、今時鈍い娘やな。そういえばもう一人のボディコンの女は疑ってたみたいやけどな」

「笑いごとちゃうて。何か罪悪感でな」

「で、なんて依頼してきたんや」

「いや、それが絶対秘密にしてくれなきゃあたし死にます。まで言われてやな」

「おまえそりゃ、やばいぞ。関わりにならん方がええで」

「俺もなそう思たんやけどな、やっぱり興味あるやん」

「それは言える。どんな依頼やろうて」

「そやろそやろ、それでなまあ今スケジュールが詰まっているからお役に立てるかどうかわかりませんが、秘密は絶対守りますから安心して下さいって言ってやったんや」

「おまえ絶対詐欺師になる素質あるぞ」

「それでやな、何て言うたと思う?日本国内でどこかおチンチンとってくれるとこ探して下さいやて!」

「ええ、男やったんかいな。うっそー」

「海外まで行く余裕がないから国内で完全な女になりたいんやて」

「えげつな。俺あの網タイツで興奮してもたで」

「あほか、俺なんかなおまえがトイレに立っている隙にキスしてもたんやで。男とキスしてもたんや。きもちわる〜おえっ」

「ははははは、抜け駆けするからや」

「それでな俺また後日ご連絡しますって言うたんや」

「また電話がかってくるぞ」

「そやからやな、今から電話替えにいってくるわ」

「えっ番号変えんの。強引なやつやな。そやけどそりゃええ考えや」

「しゃあない。今回のうそは突き通す。そして逃げる」

「お前の人生みたいやな」

「ほっとけ。おまえ今日帰るんやろ。気つけてな。また電話するわ」

「おまえ今会社か」

「いや、今起きたとこや。今日は自主休講。とてもいける身体やない」

「相変わらずええかげんなやっちゃ。ほな切るで」

「ああ、お疲れ」

 野々村の電話が切れると僕はベンチから立ち上がった。

 水面が春の日差しを受けキラキラキラと輝いている。

 遠足だろうか、小学生の団体の笑い声が広い公園内を包み込んでいる。

 あのピアスちゃんもあれはあれで悩んでたんやな。

 でも全然わからへんかったな。男なんて。

 ちょっぴり自己嫌悪に陥りながら僕は公園を後にした。