社長の全国出張事件簿その8
日本の橋シリーズ
児島〜坂出・瀬戸大橋編
瀬戸大橋
瀬戸大橋はすごい。何がすごいかと言えば、世界一長いことでもなければ、船を使わずに四国に行けることでもない。
そう、自然の、大昔からある島を橋げたに使っていることである。
僕が感嘆したのはまさにその点である。
それがいいのか悪いのかわからないが、たしかに時代は進み四国に簡単に行けるようになったということは明らかなのだから。
与島PAから見上げる瀬戸大橋はまさに圧巻であり、壮大であり、遠大なもののように感じた。
瀬戸大橋をこうしてじっくりと見るのは僕にとって初めてと言ってよかった。
昭和63年に開通したというから、すでにこの時点では7年以上が過ぎていた。
見る機会というものは何度となくあったのだけれど、どうもそれまでは瀬戸大橋とは縁がなかった。
最初は九州小倉行きのフェリーに乗った時だった。
長崎までの荷物を3.5トントラックに詰め込んで船に乗り込んだ。
大阪泉大津港から出港し、たしか午前2時くらいに瀬戸大橋を通過いたしますという案内が流れた。
それまで全く見たことがなかった大橋だけに、これは見なくてはと意気込んだことは憶えている。しかも海側から見られる機会はそうそうあったものじゃない。
同乗したロープ加工会社の社長とビールをチビリチビリやりながら時間を待った。
そのうち食堂が閉まる時間となり、船室に戻った。
奮発して一等船室だったので、畳敷きの二人部屋である。
布団を敷いて缶ビールを飲みだした。
「いやあ、瀬戸大橋見るのね初めてなんですよ」
「へえ、僕なんか出来てしばらくして車で見に行ったけど、人が多すぎてね」
「出来て何年も経つのにやっぱり一度は見とかないと」
「それはそうと、村田くん結婚はどうすんの」
「えっ、いきなりですか?ちょっと酔うのが早いですよ」
「社長もおかあさんも心配してるんじゃないの?」
「そうですね。こればっかりはね。でも今は全くする気はありませんね。それより、今度岸和田にいい店見つけたんですよ」
「えっ、どこどこ?若い娘いるの?」
などと相も変わらず馬鹿な話しをしているうちに二人ともアルコールが回り始めて。
気が付けば布団の上で倒れていた。
横からは社長の寝息が聞こえている。
し、しまった。僕は後悔した。時計を見ると6時を過ぎていた。
窓の外は明るくなり始め、瀬戸大橋は遙か彼方に過ぎ去っていた。
だから、布団はたたんどこうと言ったのに。
後悔先に立たず、覆水盆に返らず。ううっ。
結局1時間後船は無情にも門司港に入港していた。
続いて2回目のチャンスはすぐに訪れた。
高知市内を営業している時だった。
お昼前に持ち始めたばかりの携帯電話が珍しく鳴った。
はい、と勢いよく出ると横浜のお客さんだった。
「まいど、お世話になっております」
「いやあ、ごめんね。出張中って聞いたんだけど、ちょっと緊急事態でね」
「えっ、何かトラブりましたか?」
「ううん。以前からうちからいろいろ買ってもらってたとこにね、
今度初めてワイヤロープを入れるんだよ」
「ありがとうございます」
「今までちょっと縁がなかったんだけど、これからは毎月出るらしくて」
「うれしい話しですね」
「そうなんだけどね。それで明日初めての納品なんだげと。向こうがさあ、この機会にいろいろワイヤロープのこと聞きたいから、専門家と一緒に来てほしいって言いだしてさあ」
「納品は横浜ですか?」
「明日は東京の晴海らしいんだけど」
「何時から?」
「朝の9時っていうんだけど。村田さん、今どこにいるの?」
「今ですか。高知県なんですけど」
「ええ、四国?そりゃとても無理だ。ごめんごめん、断るよ、それじゃ」
「大丈夫ですよ。かえって遠い方が飛行機で行けますから」
「無理しなくていいよ。これ一度しかないってわけじゃないんだから」
「いやいや、せっかくの機会ですから。行きますよ。隅から隅まで説明させてもらいます。えーと、詳しい場所教えて下さい。直接行きますよ」
「本当?先方も喜ぶよ。そしたら折り返しすぐに連絡入れるからお願いします」
「わかりました」
電話を切って、さあどうしようかと思った。
思わず行きますって言ったけど、これから高松に移動して夕方に約束している用事がひとつあったのだ。
高松からも飛行機は出てたっけ?いづれにしても強行軍になりそうだ。
とりあえず、今回同行していたYくんと一緒にすぐに高松へ移動することになった。
高松で用事を終えて、Yくんとは6時過ぎに高松駅で別れた。Yくんはそのまま徳島まで移動する予定だった。
高松駅で岡山行きの快速マリンライナーに乗ったのがたぶん6時半頃だったと思う。
岡山からの東京行きの新幹線は最終しか残っていなかった。
飛行機もすでに高松東京間は終わっていた。
駅のホームで立ち食いうどん(これがやっぱり本格讃岐うどんだけにうまい)を流し込み缶ビールを一気に飲み干した。
プハアー、と勢いよく声を出し、マリンライナーに乗り込んだ。
ん?ひょっとしてこれは岡山行きということは、瀬戸大橋を通るんだ!
よし、今度こそばっちり瀬戸大橋を見てやる。この細い目を大きくして。
マリンライナーは指定席である。がっちり席に腰を降ろすと、全身の疲れが心地よい痺れとなって身体中を流れていくようだ。
いい気持ちだ。列車が動き出す。
カクンカクンという振動が子守歌のように聞こえて来る。
そお、子守歌のように。子守歌のように。子守歌・・・・・・・・こも・・・り。
zzzzzzzzZZZZZZZZZZZZZZZZZzzzzz!!!
「岡山、次は終点岡山でございます」
げっ!やっちまった。爆睡だあ!
目が覚めればそこはもう本州だった。
い、いつのまに!!僕はそんなことじっくり考える時間も与えられないままに新幹線ホームに移動した。接続時間が短かすぎるよ!
新幹線の座席に埋もれながら、僕は確信していた。
そうだ、きっと瀬戸大橋なんて存在しないのかもしれない。
本当はないくせに、あるなんて思わせといて、第一、どうして僕だけ見ることができないんだ!
完全な被害妄想だ。
本当は身体はたしかに瀬戸大橋を2回とも通過しているのだが、実感がまるでなかったわけだ。
まあ要するに、ビールを飲むなということなんだけど。
「ほら、PAに着いたで」
誰かに起こされ、僕は目覚めた。(三度目もやっぱり寝ていたわけだ)
社内旅行で鷲羽山からの帰りに瀬戸大橋を通り高松に向かう途中だった。
バスをゆっくりと降りるとそこは、瀬戸大橋の橋げた与島だった。
うーん、と大きく伸びをしながらよおやくお目にかかった瀬戸大橋を僕はじっくりと見上げた。
秋の空がとてつもなく高く感じられた。
瀬戸大橋の姿が青空にとてもマッチしている。
くしゃくしゃになったタバコを取り出して口にくわえながら、
僕はたしかに感動していた。
瀬戸大橋よりもその下に並ぶ、島の姿に。