―商人の系譜―(1)

近江商人の考える蓄財と存続のポイントは、「始末してきばる」の経済観念です。始末は、処分する、の意味とは全く異なり、少ない利益の中から残し、代々それを引き継いでいく仕組みの事です。
”始末“はケチではなく、お金があるのに使わないこと。きばるは、よく働く、の意味で、「おきばりやす」と、今も日常の挨拶として隣近所で使われています。きばるこそ、近江商人の原点です。「商いは高利をとらず、正直に良きものを売れ。末は繁盛…」。
だから、日常生活は、極めて質素に徹し切っていました。
よく言われる近江商人の「三方よし経営」、は昔も今もビジネスの原点です。今風にいえば、経営理念なのでしょう。
「売り手よし、買い手よし、世間よし」、”売り手“は決して暴利を貪ることなく、存続するための適正な利益を得て、”お客様“に喜んでいただけるモノとサービスを提供、その結果、”社会“に「この会社(店)があってよかった」、と思われ続ける経営をする、になるのです。
大阪商人の淵源は、近江商人にあります。大阪商法は船場商法に源があり、イコール近江商法なのです。
近江の国は、京に通じる東海道と中仙道が合流し、北陸からの北国街道は、琵琶湖を海路として、これ又、京に。
信長のつくった楽市楽座が、戦国時代に農民、小商人になった武士と、農民に交易の場を与え、店となり、行商となり、大阪、伊勢、江戸、会津…と全国に広がっていったのです。

安土城跡、今は美しく頂きに登る石階段は整えられています。天守閣跡地から眺める琵琶湖の美しさ。秋ともなれば、ススキの波が「強者どもが夢のあと」を舞い、やがて、緑の木々は色をかえ、北風が白い妖精を運ぶ…。

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