■■■シンシナティのシベリウス■■■


3月28日、29日、シンシナティー
プログラム:
Erkki-Sven Tuur: Exodus
Sibelius: Violin concerto
Shostakovich : Symphony No.10

ヴァイオリン:ワディム・レーピン
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
シンシナティ交響楽団

シンシナティ到着

3月28日と29日、オハイオ州シンシナティーにレーピンさんのコンサートを聴きに行きました。シンシナティーはオハイオ州南端にある商業の町で、ゆったりと流れるオハイオ川を挟んで向こうはケンタッキー州になります。オハイオ州は7人もの大統領を出しましたが、これはアメリカ建国13州の1つであったバージニア州についで多く、そのうち第27代タフト大統領はシンシナティーの出身です。タフトという名は町中で幾つか目にしました。また映画"レインマン"の舞台ともなった所です。

オハイオ州はエリー湖を挟んで北はもうカナダという米国北部の州ですが、州の南部と北部では気候が随分違うようです。シンシナティーには桜の木が沢山ありましたが、もう春が来ていたようで、桜が三部咲きになっていてきれいでした。

シンシナティー交響楽団 (CSO) の本拠地である Music Hall は、赤レンガで出来たヨーロッパ風の落ち着いた感じの建物です。Paavo Jarviはエストニア出身のまだ40歳余りの新進気鋭で、2001年9月からこのCSOの音楽監督を務めています。レーピンさんは、CSO 、Jarviと共にシンシナティーを出発点として、Greenvale (NY), New York, Boston, Worcester(MA), Washington D.C.を訪れるツアーコンサートをしました。戦争の影響でこのツアーがどうなるか心配していたのですが、無事に行われて良かったです。

コンサートは28日、29日とも午後8時から始まりました。日本よりは遅く始まるので、夕食をゆったり取ることが出来るようになっています。でも午後7時より前から会場内に入ることが出来ました。ロビーには小さな shop があって、CDや Tシャツ等のお土産を売っていました。また開演30分位前になると、ロビーで小さな室内楽コンサートが行われ(勿論無料で聴けます)、さあこれからコンサートを聴くんだぞ、という気分が高まってきます。これがアメリカ式の時間の楽しみ方なのかなあ、と思いました。

コンサート


シンシナティー交響楽団(CSO)の本拠地 Music Hall
28日の開演前に、CSO の vice -president が Jarvi と共に現れて、聴衆に挨拶した後、Jarvi が2回目の契約を結ぶことが出来て "Congratulations!" と言っていました。1曲目の Exodus は Jarvi と同じエストニア出身の現代作曲家 Erkki-Sven Tuur による、10分程度の曲でした。この曲を一言で表すとすれば"カオス"でしょうか?まるで地獄にいる魑魅魍魎の阿鼻叫喚、といった感じの旋律が2/3位を占めるのですが、次第に曲の透明度が増して来て、まるで地獄の底に一条の光が射してくる、といった感じでした。現代曲を充分に理解できる素養を私が持たないのが原因であると思われますが、私には何を表現したいのか理解出来ませんでした。こんな表現をしては作曲家に怒られてしまいそうです。ごめんなさい。それでも CSO は難曲と思われるこの現代曲を一糸乱れずに演奏していたので、全米でもかなりの実力という定評通りだったと思います。

1曲目が終了して、さて次はいよいよシベリウスです。レーピンさんには、昨年8月、猛烈な暑さの Tanglewood でお目にかかって以来です。第一バイオリンの椅子を後ろにずらしている時が、緊張と期待が入り混じった瞬間です。やがて舞台の裾から、レーピンさん独特の tuning をする音が聞こえてきました。そしていつもの黒の上下で登場です。

澄み切った空気、湖面に立つさざ波、そんな中で森林を渡るそよ風によって運ばれてきた、どこからともなく聞こえる角笛の音、そんな感じで曲が始まりました。レーピンさんのシベリウスは本当に音が途切れないです。まるでいつまでも沈まない北欧の夏の太陽を象徴しているようです。特に第二楽章は Jarvi の指揮はややテンポが遅めでしたが、これもゆったりした時が流れている北欧ならではのもので、かえってレーピンさんの表現力を際立たせたような気がしています。私は冬にも春にも北欧に行っているので、シベリウスが何故このような曲を作曲したのか何となく理解できるような気がするのですが、レーピンさんとオケの絶妙なコンビですっかり北欧の世界に浸ることが出来ました。フィンランドの深い森、深い湖のように、オケの音は幅の厚さ、底の深さを感じさせますが、バイオリンの音色はこの深い森や湖に吸収されることが全く無く、聴衆の魂に訴えかける本当に素晴らしい演奏だったと思います。第一楽章が終わったときにも拍手や"bravo"の声があり、演奏が終わったときは全員総立ちで大歓声が起きました。

レーピンさんは演奏中は真剣な顔つきをしていたし、演奏の合間も上を向いて目を閉じたりして神妙にしていましたが(当たり前だけど)、演奏が終わるといつものように満足したような笑顔になって、この顔を拝むのも彼のコンサートを聴きに行く1つの目的のような気がします。でも昨年 Tanglewood の open rehearsal の時に見せた演奏の合間の様子が目に残っていたので、真剣な顔つきをしていてもその時の様子が思い出されて、何だかおかしかったです。また今回は Tanglewood の時と比べたら随分涼しかったですが、それでもかなり汗をかいていたようで、何度も指で汗を拭いてました。

シベリウスの後15分位の休憩がありましたが、おかげで少し落ち着くことが出来ました。ショスタコービッチの10番は今までに聞いたことがありませんでしたが、これは1953年7月から10月にかけて作曲されたものらしいです。ということはスターリンの死後に作曲されたもので、彼の8番などとは随分曲の雰囲気が違っていたのはそのせいでしょう。スターリンの圧政から解放されて、音楽家として(ある程度)自由な表現が出来るようになたショスタコービッチの identity が主張されていた曲だと思います。第一楽章の始めは静かで陰鬱な雰囲気で始まりますが、次第に力強さを増していく様子は、スターリンの死後、フルシチョフのスターリン批判に始まり、ハンガリー動乱、プラハの春へと続く時代のうねりみたいなものを想起させました。でもこんな(自分勝手な)時代背景の考察などは抜きにしても、とても音楽性に優れている曲だと思います。

2日目も同じプログラムです。2回も同じものを聴きに行くなんて自分でも物好きだと思いますが、シンシナティーの観光も兼ねていたし、2日目は1日目とは違った演奏かもしれない、そんな期待もあった上に、前から4列目中央の良い席でしたがなんと手数料も含めて40ドル少しという価格の安さもあって、2日間コンサートに通うことにしたのです。

Exodus は前日は上記のように感じたけれど、2回聴くと曲中のモチーフが多少なりともつかめて来て、あの情動的な旋律が耳に残りました。この日のシベリウス第一楽章はバイオリンのtuningが少しずれていたようで、ちょっと惜しい所が何箇所かあり、第一楽章終了後 tuning をし直していました。そこからがものすごかったです。レーピンさんも気分が最高に乗っていたのだと思います。特に第二楽章終わりのクライマックスの部分では、あれがバイオリン一挺の音色とはとても思えないほど、もう豊麗という言葉では表現出来ない程スケールの大きな演奏で、本当に信じられなかったです。あんなバイオリンの音色を今までに聞いたことが無く、レーピンさんの魂の叫びを聞いているような気がして、もう泣きそうになってしまいました。ものすごい上昇気流を感じて、すっかり引き込まれてしまい、そのまま一緒に昇天してしまったような感じでした。音楽を演奏する時は音の正確さも勿論大切でしょうけれど、それ以上に表現力、聴衆に訴えかける"魂"みたいなものが大事で、聴衆が感動する程度は演奏者とこの魂をどれだけ共有することが出来たかによるのではないか、と思ってしまいました。休憩を挟んで、ショスタコービッチの大音響が目の前で鳴っていましたが、茫然としていたので殆ど耳に入ってきませんでした。ちなみに2日目はオケのアンコールがありましたが、レーピンさんのアンコールは残念ながら2日間とも無かったです。

コビントン観光


Main Street Memories の店内

ケンタッキー州コビントンのグロッケンシュピール
29日の日中は観光に出かけました。活気のあるシンシナティーのダウンタウンからバスに乗ってケンタッキー州側に渡ると、まるで時がゆっくり流れているかのように雰囲気が変わってきます。オハイオ川は川幅も広くて穏やかに流れていますが、かつては自由州のオハイオ州と奴隷州のケンタッキー州との境界だったので、南部の黒人奴隷にとっては、十数年前のドナウ川や今の豆満江みたいなものだったことでしょう。

ケンタッキー州コビントン(Covington)には、main strasse village(何故か strasse だけがドイツ語なのですが)というドイツの町並みが続いたかわいらしい村があります。グロッケンシュピールの前でバスを降りて、この鐘の音を聞きながらこのあたりをのんびり散策しました。この日は気温が5℃で空気はひんやりしていましたが、土曜日の午前中だからなのか人通りも殆どなく静かな佇まいでした。特別観光ポイントは無いのですが、パブやアンティーックを扱ったお店、お土産屋があって、ヨーロッパのようにウインドーショッピングを楽しむことが出来ます。Main Street Memories というお土産物店は、クリスマス関係の物が店内に沢山おいてありました。ドイツのローテンブルグにも1年中クリスマス、というお店がありましたがそれよりも規模は小さいものの、なかなかロマンティックでした。私が中に入ると音楽をかけてくれましたが、何故かクリスマスやドイツとは関係ない、"Unchained Melody"(デミー・ムーア主演の映画、ゴーストのテーマソング)でした。

この village には Wertheim's restaurant というドイツ料理のレストランもあります。私はGulyas(パプリカ風味のスープ。もともとはハンガリー料理ですが、ドイツやオーストリア東部のレストランでも食べることが出来ます。)と Zigeunel Schnizel(ジプシー風カツレツ)を注文しました。Gulyasはかなり香辛料がきつくて、ヨーロッパで食べた味とは少し違っていましたが、Zigeunel Schnizel はハンガリーの味でした。この店のオーナーは少しだけ日本語が話せるし、とても感じの良い人でした。

アメリカでの旅行は、アメリカでの生活と同じく本当にトラブルだらけで、物事がon timeに一度でスムーズに行くことはまずないです。それだけにリスクが付き物ですが、そんなリスクを冒してでも、レーピンさんが近くに来たら時間があればまた出かけていくでしょう。もう私にとっては麻薬みたいなものになってしまったのかも知れません。それほど今回の演奏は忘れられないものとなりました。30日コロンバスに戻ってきた時にはまだ雪が降っていましたが、心の中は温かかったです。
このシンシナティーでの演奏の様子を Cincinnati post は次のように書いています。

全文は以下のサイトで見ることが出来ます。

The Cincinnati Post - Jarvi's CSO on edge of greatness, March 29, 2003


Report and photos by Shopgirl, uploaded by AK, May 3, 2003

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