2003年12月13日ニューヨークのレーピン

Lincoln Center
リンカーン・センター前の広場

@これぞプロフェッショナル(NYフィル+Vadim)

12月13日(土)

Midtown Eastからかなり歩いて、リンカーンセンターに到着です。


着いた時は、すでに開場しており、荷物チェック後直ぐに席に向かいました。

今回の席も、舞台中央付近直前部、前列から2列目の、
演奏家が手に取るように判る席です。
今回の演奏曲目は、

一曲目はBarber作曲の「Music for a Scene from Shelley」

ニ曲目はBrahms作曲の「バイオリン協奏曲Dマイナー作品77」

三曲目はElgar作曲の 「エニグマ変奏曲、作品36」

でした。

一曲目は、かなり短い10分くらいの現代曲です。
あっという間に終わり、直ぐにソリスト用にスペースの確保をして、楽団員は待機です。

しばらくすると、ロシア生まれのバイオリン奏者 Vadim Repin(32歳?)が、黒の立て襟の
スーツ姿で登場です。
かなりの長身、大柄で、今回の指揮者の David Zinmanが、かなり小柄に見える体格でした。

ほんとに、普通のバイオリンが彼の手の中では、かなり小さく見えました。

彼の演奏は、3年前ボストンでボストン・シンフォニーの演奏で聴いて以来です。
曲は忘れましたが、若さ溢れる演奏だった気がします。

今回も、ダイナミックでは有りますが、円熟味を増したような演奏で、
非常に素晴らしい演奏でした。

第三楽章の半ばで、ハプニングは、起こりました。

Vadimがダイナミックなフレーズを立て続けに弾きこなした時に、
何か「ピチッ!」とした音がしました。
良く見ると、彼のバイオリンの弦が一本切れて、弾けてしまっていました。
多分一番上の弦でしょう。

前の観客は、皆んな一瞬固唾を飲んだ気がします。

彼は、短いソロのフレーズを弾き終わるまで、そのまま続けて引き切りました。
特に違和感のある音では有りませんでした。さすがです。

そして、次のフレーズまでのごく短いポーズの間に、コンサートマスターのバイオリンと
一瞬の早業で交換し、次のフレーズには、余裕で間に合いました。
その後、そのまま何事も無かったの様に演奏を続けました。

一方のコンサートマスターは、Vadimから渡された弦の切れたバイオリンを、
隣のサブのコンマスのバイオリンと交換し、また演奏を始めました。

サブのコンマスは、持っていた予備弦を取り出して、弦の交換を始めようとしました。
しかし、ちょうどその時、演奏のポーズだったVadimは、自分のポケットから、交換用の
予備弦を取り出し、サブのコンマスに渡し、また演奏を続けました。

サブのコンマスは、おもむろに貰った弦を使いバイオリンの弦交換を開始し、
しばらくして、完了。

演奏中に、邪魔にならないように気を使いながら耳元で調音し、これを次のバイオリンの
ソロパートのポーズでVadimが使っていたコンマスのバイオリンと、
これまた一瞬で交換しました。

そしてサブのコンマスは、Vadimから返してもらったコンマスのバイオリンを、
ポーズのタイミングで、現在コンマスが使っているサブコンマスのバイオリンと交換して、
すべて修復交換作業を演奏中に終了しました。
この間、5分くらいでしょうか?
演奏もまったく途切れることなく、何事も無かったかのように演奏が続けられました。

最後の交換終了の際、演奏中にも関わらず、すべてを見ていた観客から、大きな拍手が
一瞬起こりました。

Vadimも演奏しながら苦笑いしていました。

これぞ、プロフェッショナルという瞬間でした。
ラッキーなものを見せてもらいました。

演奏終了時には、素晴らしい演奏とともに、このハプニングの処理の手際良さに対して、
割れんばかりの拍手とブラボーコールが、絶えませんでした。

弦が切れることは時々有るのでしょうが、元通り戻って、演奏を続ける所まで見れるのは、
なかなか無いと思います。きっといつまでも覚えている事でしょう。いい思い出です。


ニューヨーク在住の筆者(Tさん)の許可を得て掲載させていただきました。写真もTさんが撮影されたものです。
ご好意に感謝いたします。(AK)

Aカーネギー・ホール

ちょうど同じ夜、カーネギー・ホールではゲルギエフ指揮キーロフ・オーケストラが出演するチャリティー・ガラ・
コンサートが開かれていました。この日の後半のメイン・ゲストはピアニストのイェフィエム・ブロンフマンでしたが、
突然インフルエンザで倒れ、直前にキャンセルとなってしまったのです。

ゲルギエフは直ちに市内にいることがわかっていたレーピンとルガンスキーに召集をかけました。
ルガンスキーは翌日メトロポリタン美術館でニューヨーク初のリサイタルをする予定でしたが、
期せずして、彼のニューヨーク・デビューは一日早く、カーネギー・ホールで行われることとなったのです。
(余談ですが「カーネギー・ホールにはどうやって行くの?」「練習、練習、練習だよ!」というジョークがあります。)

しかし2つのホールでほぼ同時に始まった両コンサートで、果たしてレーピンが両方に出演することなどできるのか、
きっと関係者はハラハラだったことでしょう。カーネギーホールのガラ・コンサートの最後のソリストは
「サプライズ・ゲスト」として名前を伏せられたままでしたが、ついにエヴェリー・フィッシャー・ホールから駆けつけた
レーピンが登場してチャイコフスキーの協奏曲の第3楽章でコンサートをしめくくりました。


他の出演者の関係者から聞いた話です。(AK)
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