成山亜衣 Ai Nariyama

 

食事中

123.0×180.0cm カンヴァスにアクリル絵具 2020

winter holiday

162.0×210.0cm カンヴァスにアクリル絵具 2020

さらば

106.0×200.0cm カンヴァスにアクリル絵具 2020

モザイク

130.0×83.0cm カンヴァスにアクリル絵具 2020

アンニュイ

110.0×127.0cm カンヴァスにアクリル絵具 2020

白いセーター

19.0×33.3cm カンヴァスにアクリル絵具 2020

ポップコーン

18.5×25.7cm カンヴァスにアクリル絵具 2020

お手伝い

22.7×22.7cm カンヴァスにアクリル絵具 2020

練習

23.0×16.0cm カンヴァスにアクリル絵具 2020

いちごミルク

18.0×14.0cm カンヴァスにアクリル絵具 2020

ビキニ

21.0×15.0cm カンヴァスにアクリル絵具 2020

 

 ■展覧会テキスト[Text]

あらわす/あらわれる

出原 均(兵庫県立美術館)

 

「表」と「現」。今日の慣行では前者に「あらわす」を、後者に「あらわれる」を当てることが多いけれど、本来は両方ともどちらに使ってもよいらしい。その、自動詞でも他動詞でもあり、表裏の関係にあることに意義があるのが絵画の存在ではないだろうか。「あらわす」が反転して「あらわれる」になる。つまり、表すことで、なにかが現れるのを待望するのが絵画であるといいたいのだ。現れるが魅力的なのはどこかで画家を超える(あるいは、画家との切断がある)からだが、その一方で、表すと表裏の関係だというのは、画家のたゆまぬ制作の結果以外なにものでもないからである。この表(ひょう)・現(げん)の不思議な関係がとても興味深い。

漠然と思っていたこの共犯関係をあらためて意識したのは、成山亜衣の絵画について考えていたときである。彼女の独特のイメージにふさわしい言葉を思い巡らすうちにそのような確信を抱いた。

絵画のイメージは、絵具の物質に宿り、行為によって形となる。制作の瞬間瞬間に賭け、それを重視する立場はもちろん、あらかじめイメージを綿密にシミュレーションしたとしても、やはり、基本、絵画のイメージは画面においてはじめて現れる。それを再現(リプリゼント)・現前(プレゼント)という絵画論の伝統とも結びつけるのも可能で、私は、やはり、現前に重きを置きたい。それが絵画の根幹であり、絶えざる魅力だろう。

成山のように、あるものを描写するのに十分な能力があり、しかも、描写することを意図しない描法、より自由な描法にも意識的である作り手の場合は、とりわけ現前という語がふさわしい。彼女が紡ぎだそうとするのは、多くの場合、特殊な状況や、ものの不思議な組み合わせなどによる物語性や喚起力のある世界であり、その世界を表すためさまざまな描法を着実に自分のものにしてきた。彼女の絵画のイメージは、その世界と描法の手綱をとった――その手綱をとることに画家は努力しているし、一方で楽しんでいるように思われる――結果であって、二つを分けることなどできない。

昨年末、彼女の新作群に接したときに、上述した表・現のより複雑な関係を見たように思った。

私はそれらになにか試されているような感じを受けた。こちらの見る力に応じる、作用、反作用のある絵画といえばよいか。もちろん、それは何が描かれているのか分かるか否かではなく(そういった面がないわけではないが)、見る側と丁々発止の関係をとる、見る側を誘い、問いかけるようなイメージだった。

このことで、私は彼女が見る側を意識しながら制作しているといいたいのではない。あくまでも彼女自身の論理の中で突き詰めたことであるのは疑いない。彼女は描法やモチーフの選択と焦点化などにこれまで以上に操作を加えており、それがどのような効果を見せるのかを冷静に測っているのだろう。絵の制作をとおして描く自分と見る自分とで慎重なコミュニケーションがなされているのだ。二つの立場の距離の取り方が絵画のイメージに浮上して、イメージそのものは弾力のある振幅を獲得したのだと思われる。以前から徐々に進められていたらしいこのことが、その時点でとくに顕在化したように見えた。私はその振幅に応じる目を持つのか試されたような気がしたのだ。それと同時に、ステージをひとつあげたイメージが現れたのを実感した。

彼女が次にどのようにして、どこまで進んでいくのかとても気になる。これからも目が離せない画家である。

 

 ■成山亜衣 コメント  [Artist Statement]

“平面として何を表すのか…”というお題に取り組む為に、これまでずっと空想的で物語性を持つ画面作りから自身の思考の源を探してきた。

今のところ、自身の思考の源にある「疑って見つめる」という所から“平面として何を表現するのか…”という種が芽生えるのではないか…と考えている。

「疑って見つめる画面」とは、だまし絵の様に一見するだけでは容易に像が認識出来ない画面、若くは何か別の像が隠れている画面の事かと捉えられるが、それとは異なる。

自身が求める画面は、全体を把握する事が厄介な画面、画面全体を把握したいのに部分的な要素に引っ張られ、全体が頭に入りにくい画面の事である。そしてその画面を作る為に、絵具の物質感や筆致、絵画における手前奥の関係性などなど、思いあたる全てを操作し利用出来たらと考えている。

そしてもっと謂うなら、鑑賞者が既に培った概念によって画面全体が掴みにくい画面を制作したいと熱望するのである。

 ■略歴  [Artist Biography]

1983 大阪府生まれ

2007 京都嵯峨芸術大学造形学科版画分野卒業

2009 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了

 

・個展

2010 Oギャラリーeyes(大阪)※以降、同ギャラリーにて毎年開催

2013 Oギャラリー(東京)※以降、同ギャラリーにて`18に開催

2018 ギャラリーモーニング(京都)※以降、同ギャラリーにて`19に開催

 

・グループ展

2005 第30回全国大学版画展(町田市立国際版画美術館・東京)

2006 第31回全国大学版画展(町田市立国際版画美術館・東京)

2006 Art Com 2006(私のしごと館・京都)

2006 Open Studio Program! 2006(京都嵯峨芸術大学・京都)

2006 thinking print vo.1(京都嵯峨芸術大学・京都)

2007 Porto di Stampa(アートゾーン神楽岡・京都)

2007 Dreaming(アートコンプレックス・センター・東京)

2008 thinking print vo.3(京都嵯峨芸術大学・京都)

2009 トゥールビヨン7(Oギャラリーeyes・大阪)

2009 AMUSU ARTJAM 2009 in kyoto(京都文化博物館・京都)

2009 気持ちの奥にあるものPresent Spirit(ギャラリーモーニング・京都)

2010 未来は僕らの手の中(Oギャラリーeyes・大阪)

2010 トーキョーワンダーウォール2010(東京都現代美術館・東京)

2011 プレゼントスピリット(ギャラリーモーニング・京都)

2012 トーキョーワンダーウォール2012(東京都現代美術館・東京)

2012 The 13th Anniversary Pre Exhibition KICKS

Oギャラリーeyes・大阪)

2015 FACE(ギャラリーモーニング・京都)

2015 演画・中の島ブルース(ギャラリーモーニング・京都)

2016 Enigmatic behavior−なんで年寄って真夏に熱いお茶を好んで飲むの?

Oギャラリーeyes・大阪)

2016 植木鉢のある風景(ギャラリーモーニング・京都)

2017 トゥールビヨン0Oギャラリーeyes・大阪)

2017 シェル美術賞2017(新国立美術館・東京)

2019 FACE2019 損保ジャパン日本興亜美術賞展

(損保ジャパン日本興亜美術館・東京)

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