Aカリキュラム (Culinary Curriculum)

 [修業内容]

1)ナイフの使い方、野菜の調理の仕方、焼きもの、あぶり物、煮物、スープ・ソースの作り方などの基礎的調理技術とその理論の習得

2)食品の栄養価を理解する。USDAの栄養ガイドラインにもとづいた量を認識し給仕することをまなぶ (注:USDA=アメリカ栄養協会の略)

3)レシピを注意して読みレシピにしたがって調理する技術を習得する。材料の計量の仕方を学ぶ。個人調理用にかかれたレシピを商業サービス用の調理内容に変える方法を学ぶ

4)このトレーニングをこなしたものは、全国レストラン業界が主催する衛生訓練コースに参加し、食品衛生に関する知識を学ぶ

 [週ごとのカリキュラム]

   課題         練習と教材

1週目: ナイフの使い方      ビデオ:ナイフスキルCIA      練習:鶏肉の骨の掃除の仕方

第2週目: 味付け    ビデオ:PBS/NOVAシリーズ    練習:個人の好みとは違った味付けの区別の仕方                

3週目: ゆでもの   ビデオ:CIAシリーズ  練習:ポーチドエッグ(ゆで卵の作り方)

4種目: 焼き物         ビデオ:CIAシリーズ          練習:鶏胸肉のグリル

5週目: 照り・あぶり焼き      ビデオ:CIAシリーズ     練習:ローストポーク

6週目: 炒め物         ビデオ:CIAシリーズ         練習:野菜炒め

7週目: 揚げ物         ビデオ:CIAシリーズ         練習:パン粉のつけ方

8週目: ソテー         ビデオ:CIAシリーズ        練習:魚のソテー

9週目: 煮物、あんかけ      ビデオ:CIAシリーズ      練習:牛肉の煮物

10週目: 飾り付け      練習:生クリームの飾り付けの仕方

11週目: パン・お菓子の焼き方     

12週目: レシピの変換      練習:計量の仕方

13週目: 卒業試験

Bもう一つのカリキュラム:
「調理トレーニ
ングを通して過去の自分を乗り越える」

 以上のカリキュラムと規則の内容を見てもらって分かるように、規則は本当の職場同様あるいはそれ以上に厳格なものである。またトレーニングから学ぶ技術は初等レベルのもので、これを卒業したら一人前のシェフになれるというものでは決してない。むしろ、初等の調理技能の学習を通じ、ホームレスであった彼らが自立し、社会に還元していくための「基盤」となる能力、つまり生活基礎能力(時間をまもる、身だしなみをきちんとする、真面目に働く、上司の言うことに従う、規則にしたがうなど)を学んでいくことが、このプログラムに含まれている「もう一つのカリキュラム」である。

 このプログラムでは、調理訓練を通して過去の自分(ホームレスであった事)を見つめなおすという機会を生徒に与えている。就労トレーニングに焦点をあてたプログラムであるため、カウンセリングと言うかたちではそのような機会を生徒には与えていないが、指導教官の中には以前自らもホームレス状態にあったり、麻薬やアルコール中毒だった人もおり、それらの担当教官は自分の経験から、「過去」と「これから」の自分に対して「今」の自分が何を出来るかということを間接的、時には直接、生徒に教え励ましている。

  (例)調理を通して自分を見つめなおす−『失業中の鶏』

 鶏肉調理の授業の課題はどのようにすれば美味しく栄養がある鶏肉料理を作る事が出来るかということ。その目的を訓練生にしっかり頭だけでなく体と心にも教え込むめに、担当教官は生徒にある質問をした。「ここに、一匹の失業した鶏肉がいてます。この鶏肉は一体何をしたいと思っているでしょう?」 この一見奇怪な質問に、生徒たちは真剣に考えて答えなくてはならない。「仕事を見つけたいと思っている。」「麻薬や酒を絶ちきりたいと思っている。」「家族と一緒に住みたいと思っている。」など様々な自分の問題や気持ちを、生徒は今から自分達が調理する食材を通して表現する。教官は彼らの人生を再建しようとしている気持ちを料理の比喩にたとえ、どうすればなまの鶏肉を料理して、お客さんに出せる形(見栄えだけでなく栄養価のある)にしていくかということを教えていく。このように調理と彼らの日常抱えている気持ちをダブらせ、生徒たちの一つ一つの小さな努力が自立に結びついているのだと言う事を常に確認させていく努力をしている。

 これは直接指導の例だが、殆どの場合精神的な指導は間接的に行われている。元訓練生で、現在DCセントラルキッチンでアシスタントマネージャーとして訓練生の指導・観察にあたっているカレンさんに「どのように訓練生と接しているのか?」聞いてみたところ次ぎのような返事がかえってきた。 

「自分は別に先生とかえらい人だとは思っていない。訓練生の先輩ではあるが、だからと言って彼らの上司でもなんでもない。私も以前アルコール依存症になって全てを失った人間だと言う事を知ってもらい、そして目標に向かって頑張っている今の自分を見てもらう事が、あえて言うなら、私の指導スタイルだとおもう。」

 この彼女の素朴なコメントから、口頭や文章では表せない大切な事を、この訓練現場で訓練生が学んでいるということが伺えるのではないだろうか。

 また、訓練生がこのプログラムを続けられない最大の理由は依存症を乗り越えられないことで、これらの問題に対し、現在DCセントラルキッチンでは訓練時間が終わった後、訓練生が「他の事を考えてしまう時間」を無くすために様々な活動(パーティ、特別料理教室、映画館紹介など)を企画して、訓練生が他のことに関心を奪われないようにするための努力をしている。  

C訓練生も指導教官:「料理を通じてつながる人の輪」

 授業のカリキュラムのほか、訓練生たちがDCセントラルキッチンで行っている重要な活動の一つに、毎日地域の福祉関係団体(ホームレスシェルターや老人ホーム、子供会など)への無料配給用の食事の調理がある。毎日、寄付されてくる食材をリサイクルし、栄養価の高い美味しい食事にへと調理されていき、昼食と夕食をあわせて約3,000食の食事が訓練生とスタッフ、ボランティア達の力によって作られている。

 この活動に参加するボランティアの人々は地元及び全国各地から来ており、老若男女、様々な人がほぼ毎日参加している。多くの人が、「ホームレスは自立出来ない怠けた人」というイメージを持っているが、この現場で自立に向けて頑張っている訓練生を目にし、そして彼らと共に食事を作っていくことで、其れまでのステレオタイプを捨てていく人は多いという。また、ホームレスに対して偏見を捨てた人々が其々の地元地域のホームレス問題に取り組み始め、DCセントラルキッチンを摸倣したケースもある。DCセントラルキッチンはこうした一般ボランティアと訓練生とのふれあいの場を作る事によって、根深く存在するホームレスへの偏見を減らしていく努力をしている。私が見学をしているときはちょうど、春休みを利用したDCへの修学旅行に来ている北東部から中高生たちがボランティアに来ていた。ボランティア活動の国、アメリカらしい発想だと思うが、十分アメリカ以外の国でも摸倣できるだろうと思った。

 私がDCセントラルキッチンを訪問しているとき、訓練生は配給用の食事の準備をはじめていた。授業をこなしながらかつ配給用の3,000食の食事を用意すると言うのは本当に大変な作業で、みんな作業場を忙しく動き回っていて、私は邪魔にならないように見学するのに苦労した。訓練生は各週それぞれ持ち場を与えられ、「皮むき」、「缶きり」、「掃除」、「洗い物」など仕事をこなさなければならない。私語はあるが、手を止めて無駄話をしているものはいない。彼らが作った食事を昼食として私もいただいたが、高級なグルメというものではないが、リサイクルした食品で作ったうえに無料とは思えない食事だった。正直言って私が通っている大学の学食や近所のレストランで出される食事より栄養バランスが整った食事で、この材料となっている食材が全て今まで「ごみ」捨てられていたと考えるとぞっとした。

 常勤の指導教員以外に、地域の高級レストランのシェフがボランティアで訓練生に調理技術を教えに来る事もある。これらのシェフは、ディレクターのロバート・エガ−氏やスーザン・キャラハンさんの個人的なネットワークを通じて呼ばれる事が多い。超一流シェフをゲスト指導者として呼ぶ事によって、訓練生たちに自分の目標を高く定めるよう刺激を与え、また自分達がやっている事にプライドを持たせるという努力が為されている。また、高級レストランのシェフを呼び、直に自立に向けて真面目に取り組む訓練生を見てもらい、指導してもらう事によって、このトレーニングの卒業生の新たな就職口の開発に結びつける努力もされている。


[U] 就職斡旋とフォローアッププログラム (Employment & Follow-Up Program)

  上記の12週間にわたる就労トレーニングのカリキュラムを終えた卒業生は、先にも触れたが全国レストラン協会が主催する食品衛生の授業に出席して、食品衛生に関する試験を受けなくてはならない。DCセントラルキッチンの卒業生の合格率は94%と高い。これが終わると、卒業生はDCセントラルキッチンの就職課のスタッフと共に、就職活動の準備をはじめる。就職活動の準備の内容は、1)履歴書の書き方、2)面接での受け答えの仕方、3)仕事の探し方、4)仕事を継続していくためのこつ、5)対人関係などで、DCセントラルキッチンのスタッフによって指導される。

 様々なマスコミの報道とこれまでの卒業生の勤勉な就労態度のお陰で、多くの企業業者からの採用申込みが現在殺到しており、卒業生ひとりあたり数口以上の就職口が常にある状態であるため、卒業生の仕事先がまったく見つからないという状況は今のところ殆どない。ただ、卒業生達はあくまでも初等レベルの調理技術しか持っていないため、DCセントラルキッチンに持ってこられる仕事の中には、安定していて好条件だが卒業生の技術レベルに合わないというものもあり、せっかくきた申し出を断ることもよくあると言う。そこで現在DCセントラルキッチンでは口コミなどで寄せられた就職口を他の団体やあるいはこのプログラムの卒業生でより経験と技術があるものにまわすようにしている。そして知名度の高いDCセントラルキッチンに寄せられてくる仕事をここの卒業生だけでなく、他の失業者達の為にフルに活用するシステムを将来作っていく予定である。

 卒業生の就職口は、地元のホテル、レストラン、病院や政府団体のカフェテリアなどが多い。ホテルでは、ヒルトンホテル、ハイアットリージェンシー、マリオットホテル・インターナショナル、ホリデーインなどがある。これらのホテルはDCセントラルキッチンに超過食材を提供している団体でもあり、DCセントラルキッチンとは密接な提携関係にある。これら大手会社の就職口の利点は、他の就職口に比べ給料がいいことと、様々な手当て(医療保険[7]、厚生年金手当て、有給休暇、社宅、託児所)などがあることである。卒業後、1年目の卒業生の平均給料は時給7ドル50セントから8ドルぐらいで(月1,200ドル:12〜14万円程度)で、DC市内の物価を考えると決して高収入とは言えない。この給与の良い低レベルの就職先が市内に不足しているのは、アメリカの経済構造と深く関連している。

 DC市内は観光産業と行政事業はあるが一般産業が殆どなく、そのためホームレス達の就職に対し妨げになっている事は既に述べた通りである。市内で給与の良い低レベルの就職先を見つけるのが難しいのは、DCが行政事業中心の街であるというほかに、アメリカの殆どの一般私営産業は広くて安い土地のある郊外に集中しており、低レベルで給料のよい仕事も郊外に多い為でもある。実際、どちらかと言えば市内のほうが低賃金労働者は多いため、現在の企業の立地条件は企業と労働者の両方にとって不利なのである。しかし、低賃金労働者は車を持つ事も物価の高い郊外に引っ越す事も出来ないし、アメリカは市内から郊外までの公共交通機関が発達していないため、市内の低賃金労働者が郊外の仕事につくことは今まで不可能であった。

 しかし近年、この問題に対しDCでは“リバーストランスポーテンション”というシステムが政府の援助と企業・行政・NPO団体の協力によって成立された。“リバーストランスポーテンション”とは、市外にある行政団体や企業に対し政府が資金援助をし、各企業・行政団体に市内から郊外の仕事場までバスやタクシーによる無料の交通サービスを市内の労働者のために設置させるというシステムで、このお陰で車がない市内の労働者たちが郊外の仕事場まで無料で行けるようになった。一例を挙げると、米国情報局(CIA)本部のカフェテリアは、時給が高く手当てもしっかりしており、DCセントラルキッチンの卒業生達にとって理想的な就職先の一つだったが、CIAは郊外に立地しているためこれまで市内の労働者は働きにいく事ができなかった。しかし、このリバーストランスポーテーションのお陰で、市内の労働者も働きに行けるようになった。この考えはDCセントラルなどの就労トレーニングを支援するDCの各種NPOによって提案され、行政援助によって実現されたもので、卒業生の「質の良い」就職先の確保に役に立っている。  

 卒業生の卒業時の就職率は91%で、殆どのものが卒業後就職をしていくが、一方で就職6ヶ月後の定着率は74%とやや低い。これには様々な理由があるが、やはり依存症を克服できないことや周りからのプレッシャー、孤独を乗り越えられなかった事などが一般的な理由のようである。就職してからアルコール依存症が再発する典型的な原因は、「ピア・プレッシャー」といわれるもので、友人や仕事仲間からの誘いに断りきれずにお酒を一杯飲んだことがきっかけで、治りかけていた依存症が再発してしまうというケースが多い。アルコール依存症の治療は5年から10年続けられ、実際それ以上続けられる事も少なく無い。回復途中の飲酒はその量に限らず、依存症が再発する最も大きな危険性をはらんでいる。極端な例では、アルコール成分を含んだ風邪薬を飲んだだけで再発する事もある。経済的自立をし、社会復帰したと言っても、ホームレス状態、依存症に陥る以前の状態に戻れると言うわけではない。しかし、自立を継続できない卒業生たちの多くは、この事実に気付き対処する術を見つける前にまた以前と同じように躓いてしまう。これは今回インタビューを行ったどのプログラムの卒業生にも共通する問題である。

 其れまで支援・援助されていたネットワークから離れ経済的に独立して、自立していくことがとても難しいのはアメリカのホームレスに限らずどの社会のどの人間にとっても同じことである。ただ、これらプログラムの卒業生の多くが、アルコール依存症や薬物依存症によってホームレスになり家族や友人を失ったり、あるいは薬物やアルコールからの依存症を乗り越えるためにアルコールや麻薬問題を未だに抱えている家族や友人と縁を切らなければならない。そのような人々は、信頼できるネットワークや相談相手が無いため、経済的に自立したからと言って必ずしもそのままさらに幸せになっていけるというわけではない。当たり前であるが、彼らにとって経済的自立が必ずしも人生のハッピーエンドではないのである。最も大きな試練は彼らが経済的に自立した時点から始まると言って良いだろう。自立をし続けられない多くの人々はそうした実社会での困難に乗りきるための精神的よりどころが無いため、再度失敗してしまう。

 この問題を重視するDCセントラルキッチンでは、卒業してからの初めの6ヶ月間、就職課のスタッフで元牧師でもあるロン・スワンソン氏と連絡をとることを義務付けている。また、その後も卒業生をプログラムに呼び、訓練生たちに自分達の経験を話しをしたり、アドバイスをするためのボランティアとして招待する事にしている。また、感謝祭、クリスマス、正月といった一人では過ごすのはわびしい家族行事のためのパーティを開いたりして、卒業生が経済的に自立をした後もDCセントラルキッチンを仲間つながりの場、心のよりどころ、心の故郷として活用できるようなサービスを提供するようにしている。また、転職をしたい時の就職相談にのったり履歴書の書き方、面接の練習も要望があれば卒業生のために行われることもある。

 実際、卒業生で現在DCセントラルキッチンのスタッフとして働いている人々はそうしてDCセントラルキッチンを活用した人が多い。前述のカレン・ロビンソンさんや調理指導シェフのドロシー・ベルさんもそんな卒業生の一人である。カレンさんの場合は、将来自分で店を持ちたいという希望を卒業して就職した後に持つようになり、その夢に向けて経験をもっと積むためにアシスタントマネージャーとしてDCセントラルキッチンに帰ってきた。将来は子供や家族の向けの小さなレストランを開くのが彼女の夢だと私に語ってくれた。このように食品業界でさらにステップアップしていこうとしている卒業生たちの為にもDCセントラルキッチンのドアは常に開かれている。

 フォローアップ・プログラムは雇用者側に大変好評で、このプログラムの卒業生の9割が就職できている事実にも深く関係している。このプログラムを通して雇われる者は仕事への姿勢、マナーなどをしっかり叩き込まれているため、一般応募でくる人よりも優秀で良い従業員になるケースが少なくない。また、たとえ前科やアルコールや薬物の依存症の過去があったとしても、其れを乗り越えたという経歴と身元紹介者であるDCセントラルキッチンが保障しているため雇用者にとっては他の一般応募者より安心して雇えるし、たとえ雇用後トラブルが起きたとしても、その問題解決のための調停役をDCセントラルキッチンが務めてくれるため、問題が解決しやすいなどのメリットがある。確かに前科者は雇いたくないとか、アルコールや薬物を使ったことのある人は雇いたくないと言った偏見はまだ根強くあるが、これに対してDCセントラルキッチンは卒業生の保証人、トラブルの仲介といった役割を果たす事を雇用者に約束する事によって乗り越えている。


[V]ネットワークと支援

 @“DCセントラルキッチンはコミュニティーのキッチン”

 ここまでの報告でわかるように、DCセントラルキッチンは食料の救済・リサイクル・無料配給、及び調理就労トレーニングにもっとも力をいれている団体である。その反面、その他のニーズのプログラムを持たない団体でもある。しかし、それはこの団体がその他の問題を軽視していると言う訳ではない。

 DCセントラルキッチンの就労トレーニングの参加条件として、薬物・アルコール依存症のリハビリを受けていて、それらを参加時点でいっさい用いていない事、また安定した住宅を持っている事などがあったことは既に述べた。つまり、DCセントラルキッチンの就労プログラムは最悪の状況から自立までの中間地点に位置しているため、このプログラムが効果的に機能するためには、住宅やリハビリテーションのプログラムがあることが前提条件になる。しかし、DCセントラルキッチンは住宅、教育、カウンセリング・リハビリテーションなどの自立支援の基礎プログラムを持たないため、これらの支援活動は必然的に他の団体に頼っている。つまり、住宅、カウンセリング、教育などの基礎支援活動を行っている団体やケースワーカー、ソーシャルワーカー、行政の福祉の窓口など、様々なエージェンシーとDCセントラルキッチンの就労トレーニングは提携関係を持ち、お互いのプログラムを支え合っているのである。

 すなわち、DCセントラルキッチンのプログラムは他のニーズに対応する諸団体が地域にあってこそ成り立っている活動であり、「ホームレスの自立救済活動」という大きな運動の中の一部としてその機能を果たしている。創始者のロバート・エガ−氏の言葉通り、まさにDCセントラルキッチンは「Communitys Kitchen (町の台所)」なのである。  

A“変化していくキッチンと変わらないシェルター”

 しかし、「いろいろな問題が重なり合ってホームレス問題を生じさせ、深刻化させているのなら、多様な活動を一つにまとめたほうが効率は良いのではないのだろうか?」という疑問が私の頭によぎった。基礎自立支援プログラムである住宅、リハビリ、就労トレーニングの全てを行っている団体も他にはある。そこで、「なぜDCセントラルキッチンが独立した就労トレーニング組織と食料宅配組織としてのみ存在するのか?」という質問をエガーさんとカラハンさん質問してみたところ、その理由としていくつかの事実があげられた。

 まず、DCセントラルキッチンが依存症のカウンセリングや住宅支援活動をしていないのは、これらの問題が重要だと考えていないからやっていないと言う事ではないし、DCセントラルキッチンの活動を一つだけに狭義するという事でもないとエガ−氏は強調する。DCセントラルキッチンが食料救済・リサイクリング活動、ケータリング活動、調理就労トレーニング活動に特に力を入れているのは、もともとこの組織は食料救済とホームレスへの栄養価の高い無料食料の宅配を行うために作られた団体で、現在の就労トレーニングプログラムは、その基盤となった活動から進化していったもの、というそもそもの団体の成り立ちがあるというのがまず第1の理由である。当然、この団体の活動(公的、私的)資金となる寄付や援助はもともとの活動目的のためだけに支給されており、その他のプロジェクトをするとなるとまたそのための資金活動、スタッフの雇用などの為に時間を費やす事になる。しかし、現在は其れだけプロジェクトを拡大していく時間と人材、資源がDCセントラルにはないし、今は既存のプロジェクトを支えていくだけで精一杯というのが現実である。

 先に述べたようにDCには全米で1番大きなシェルターを持つCCNV (Community for Creating Non-Violence)という団体組織があるが、CCNVはあくまでもホームレスのニーズは「無料のベットと食事」という考えをかたくなに守っており、就労トレーニングはあまり力を入れていない。DCセントラルキッチンは当初、CCNVと力を合わせてホームレスたちへ食料を配給していたが、DCセントラルキッチンが活動過程でホームレス問題の解決は食事配給だけではいけないと言う進歩的な考え方にいたった一方で、CCNVは以前のとおりの方針を護るという姿勢をとり、現在ではDCセントラルキッチンとCCNVは殆ど活動を共にしていない。この事実から分かるようにDCセントラルキッチンが今の活動に力を入れているのは、ホームレス問題の解決策をCCNVのように一つに狭義しているのではなく、むしろその逆だからだといえる。

 一つの団体が様々なプログラムを中途半端に行うよりは、其々の団体が役目を分担したうえでお互いを支え合うという形のほうがより能率的で効果的であるということも大きな理由である。実際、成功している支援団体こそ他の団体と提携をし協力し合っているということも今回の調査を通じて発見した事実である。


[W]ファースト・ヘルピング: First Helping

 ファースト・ヘルピングは、1996年ワシントンを襲った寒波のために飢えと寒さに苦しむ路上野宿者や緊急シェルターにいるホームレスたちに、温かいスープとサンドイッチを届けたことががきっかけでうまれたストリートレベルのホームレス救済活動活動である。その後、公的および私的資金援助を受ける事ができたため、1996年の秋から無料の食料を配給する活動を続けておこなうことになった。それ以来、ファースト・ヘルピングはDC市内4区域の路上・シェルターに住むホームレスの人々に栄養価の高い朝食と夕食、計570食を毎日届けている。このサービスを通じて、DCセントラルキッチンは路上に住む人々が一人でも多くシェルターや支援住居に移る事が出来、そしてホームレス状態から抜け出していける環境を作る努力を行っている。

 さらに、このファースト・ヘルピング活動は食料を配給するだけでなく、路上野宿者たちと話しをし、彼らが適当な団体の援助を受けられるようにするための支援もしている。このプログラムのスタッフであるローレンスさんの話によると、多くの路上野宿者たちは精神病を持っており[8]、精神病院や施設でひどい目に合って抜け出してきた人が殆どで、こう言った人々は施設に入る事をかたくなに拒む事が多い。また、殆どの人が麻薬やアルコールの依存症でもある。それらの人々と一対一で対話をする事で、彼らが安全で誠実な援助を受けられるよう、そして彼らがもう一度援助を受け入れられるよう心を開く手助けをすることも、このプログラムの目的の一つである。このプログラムを通し、DCセントラルキッチンでは1998年以来DC市内、メリーランド州、及び西バージニア州の100人以上の路上野宿者を支援活動プログラムに参加させる事が出来た。これらの成功のお陰で、DCセントラルキッチンは現在DCの様々な地域に援助の手を伸ばせるようになっている。


[X]フードリサイクリング & 食事配給

 この団体が超過食料の救済とリサイクリングを行っている事は先に既述したと思う。ここでは、具体的にどのようにDCセントラルキッチンが食料の救済とリサイクリングを行い、食事にかえていっているのかを報告しようと思う。

 DCセントラルキッチンの調査によるとレストランや食品業界、及び課程で使われる食料の4分の1は使われずに捨てられていく。その一方で毎日何千人の人々が十分な食事を摂取できずに空腹に苦しんでいる。DCセントラルキッチンは、「食べ物を無駄にするのは良くない」、「あまった食料には生産的価値がある」と言う事を強く信じており、その信条をもとにフードリサイクリングと言うプログラムを運営している。フードリサイクリングは、まず地元の企業やレストラン業界、スーパーマーケットなどから寄付される食料回収から始まる。回収作業にあたるのはDCセントラルキッチンの「キッチンポリス」という食品衛生管理知識を持っているスタッフで、彼らによって厳選された食品衛生上安全な食材を大型の保冷トラックに積みDCセントラルキッチンの貯蔵庫に運んでいく。この活動によって、毎日1トンから2トンの食品が「救済」されている。DCセントラルキッチン敷地内にはこうして救出されてきた食材を保存する3048u以上の大きさの貯蔵庫、冷蔵庫、冷凍庫がある。毎日これらの食材を3000食の食事へと調理して、DC、メリーランド州、バージニア州の140以上の非営利団体に無料配給しているのだ。この配給により、活動が始まった1989年以来およそ800万ドル以上の節約の手助けをできた事になる。

 長期的な食料確保を安定されるため、ピザチェーン店やその他の食品企業との提携を現在結んでおり、今後も提携団体を増やしていく予定である。また、フードリサイクリングはアメリカ政府農林水産庁長のダン・ギルクマン氏によってもキャンペーンされており、彼と大統領直結の行政団体の努力によって、さらに多くの食料がDCセントラルキッチンに寄付されている。現在食料をDCセントラルキッチンに寄付してくれている公的団体は以下の通りである。

1) Department of Agriculture, Department of Commerce, Department of Labor, Department of Heath and Human services, Department of State, Department of Transportation,

2)The Federal Reserve

3) Internal Revenue Service

4) Federal Deposit Insurance Corporation

5) Office of Personnel Management

6) Andrew Air Force Base, Fort Myers Army Base,

7) House of Representative

 1996年夏、DCセントラルキッチンはアメリカ政府農林水産省と提携し、子供達のための夏休み昼食プログラムを実施した。学期中、割引あるいは無料の給食を受けた子供達が学校のない夏休みの間も無料で昼食をDCセントラルキッチンから受けられるように、地域の子供会に無料の昼食を配給。このプログラムはその後も農林水産省と提携し、続けられている。

 また、DCセントラルキッチンと他の非営利団体の働きかけのお陰で、現在このフードリサイクリング活動を保護する法律(ビル・エマーソン食品慈善寄付条例)がアメリカにはある。ビル・エマーソン食品慈善寄付条例というこの法律は、様々な理由で市場に出せない食品を慈善事業の目的で使えるようにするリサイクリング活動を保護する目的で1996年、アメリカ議会で通された。この法律は国が制定する食品衛生管理法に違反しない限り、市場に出されず廃棄されていく食品を再利用する事を認めている。この法律によって保護される再利用可能な食品は、品質に関係の無い理由(箱や缶がへこんでいる、賞味期限が近づいている、グレードが低い、大量に買いすぎた等)で廃棄される食材とスーパーの商品(ペーパータオル、プラスティックの袋、洗剤)などである。さらにこの法律は、何か問題が起こっても寄付した側が慈善事業の目的で行っている限り責任を求められないように、寄付する側の保護をしている。この法律のお陰でフードリサイクリング活動は活発に、かつ安全に行われるようになった。

 しかし、たとえ法律で保護されていると言えど、食品の安全管理はこのフードリサイクリング活動の中でもっとも重要である。現在、厳密な衛生管理と指導のお陰でDCセントラルキッチンにおいて食中毒などの問題が起こった事は一度も無い。しかし、食中毒は常に彼らの1番の敵であることには変わりないため、毎日食品衛生管理が厳しく行われており、訓練生やボランティアにも厳しく指導がされている。


[Y]フレッシュスタートケータリング

 フレッシュスタートケータリングは、食料救済と就労トレーニング活動の中から生まれた比較的新しいDCセントラルキッチンのプログラムである。これは1996年にはじめられた非営利団体(行政、NGO/NPO、地域団体)のみを対象にしたプロのケータリングサービス業で、ここで作られる食事は無料配給の食事と違い、寄付されたものではなく購入した新鮮で新しい食材が使われる。また、メニューも顧客のニーズに合わせて各種、一般のホテルやレストランで出されるものと同程度の良質の料理が作られる。これは無料ではなく有料のサービスで、この調理にあたるのは訓練生ではなく、より経験と技術を持ったフルタイムの調理師たちである。しかし、このプログラムは卒業生により高度な調理技術を学べる機会を与えるために作られたため、従業員の中には卒業生も含まれている。フレッシュスタートケータリングの売上は活動資金に当てられ、またこの事業の拡大は卒業生の就職先の拡大にもつながり、生産的な相互依存サイクルを生んでいる。

DCセントラルキッチン取材後の一言】

 

 恐らくこの報告書で報告する中で、DCセントラルキッチンが最も内容の充実した就労トレーニングだと思う。というのも、他のトレーニングと違いここのトレーニングは生活能力だけでなく、現場で直ぐ働いていけるだけの基礎能力を付けるだけのカリキュラムがある。さらに、卒業生がより高度な技術を学ぶために帰って来る事ができる機会も準備しているプログラムは、これまで探した就労トレーニングのなかでもここだけである。

 さらに、捨てられていく食べ物を再利用して飢餓をなくすと言う発想がとても斬新で、とてもスマートである。これまでDCセントラルキッチンは食材の再利用をしているのに関わらず、食中毒を出した事がないという。この事実を見ても分かるように、食材の再利用と言う食品衛生上のタブーを、綿密な衛生管理のもとに覆す事にDCセントラルキッチンは成功している。彼らの努力と成功の秘訣、なんと言っても現代人の贅沢が生んだ「新鮮な食材へのフェチズム=グルメ」という価値観が産み落とした大きな「無駄」を、社会の矛盾である飢餓をなくすという建設的な目的のための通貨にした事にあると思う。

 確かに無駄に頼って存在しているプログラムだが、現在の資本主義社会がつづく限り食材の無駄は出続けていくだろうし、食材の無駄が大量に出されているのはアメリカだけではないはずである。バブル時代が生んだ「グルメブーム」で、沢山の食材が日々日本社会でも無駄に捨てられていっているのではないだろうか? それを栄養のある無料の食事に調理しなおしてお年寄りや、非営利団体に配給するというのは、けっして不可能ではないはずだと思った。ただし、それを行うにはその活動を保護する法律が必要となる。果たしてそれがアメリカのようにすんなり日本でも通るだろうかと言う不安は残る。ただ、日本がその気になってくれるのであればアメリカの元農林水産大臣の協力も貸すよというエガ−氏の応援は心強いかった。