はじめに

 イギリスにおいては、「ホームレス」は、住宅法(Housing  Act197785年、96年に改正)において規定されている。住宅法)では、「ホームレス」と規定された人々がパーマネントな住居を確保する権利とこれへの援助を行う地方政府の義務を明らかにするとともに、ホームレスに対する定義、優先的順位などを規定している。
同法でいう「ホームレス」は、

1.
占有することができる住居をもっていない状態にある世帯員の一員、
2.家があってもそこにたち入れない場合、それが住むことが許されない車両、船である場合、そこに継続的に住む理由を持っていない場合、
3.28日以内にホームレスになる可能性がある場合、とされている。

 そして、地方政府の義務として、1.助言と情報提供をすべての人に無料で提供する。2.優先的ニードを持つものに対しては、住宅手当と実際に住居を得るための助言を行う、とされている。この優先的ニーズを持つ者は、妊娠している人とその同居者、扶養している子がいる人、老人・障害者などのいわゆる「弱者」、傷つきやすい(vulnerable)人、洪水や火災等災害で緊急にホームレスとなった人、とされている。「故意のホームレス」以外のホームレスに対して、地方政府の上記の義務は最低2年間継続可能である。ホームレスと認定された人々は、環境,交通・地域省(Department of the Environment,Transport and the RegionsDETR)によれば、イングランドで19992000年で105,520人であり、9394年の125,3601人より減少している。

 そして、上記の優先的ニードからはずされがちな、単身のホームレスとその野宿化問題が、90年代から問題となり、住宅法とは別の異なった特別な施策が実施された。ラフスリーパー(rough sleeper)といわれる人々の問題がそうである。彼らは、日本でいう「野宿生活者」を意味しており、単身ホームレスであるということことから、シングルホームレスとも言われている。

 彼らに対するプログラムは、ロンドンを中心に実施されたRough Sleepers Initiative(RSI)と呼称された野宿者優先プログラムである2)。この特別プログラムは、ラフスリーパーの数を減らすことに貢献したとされる。しかし、彼らが利用できるホステルの少なさなどにより再定住施策が必ずしも十分機能しえていないことなどの問題点が残った。そこで19995月〜Rough Sleepers Unit(RSU)という呼称の組織をDETR内に設立し、住宅のみならず、保健、雇用などを含めて野宿者が様々なサービスを受け入れられよう図り、2002年までに野宿者数を現在3分の1以下にまで減少させる戦略をとり始めている。ここに紹介する今日のイングランドにおける「ラフスリーパー」(rough sleeper)削減のための「戦略」は、日本における野宿者削減の戦略を検討する素材の一つを提供すると考えられる。

 そこで、2002年までにラフスリーパーを3分の1まで減らすという明確な目標を明らかにした19991216日、ブレア首相により政府の戦略として公表された“Comimgin from the Cold”についての2000年夏に公表された経過報告の全訳を掲載することにした。3分の1以下に減少させるとした政府の戦略目標の達成にむけ、RSUがどのような計画をたてているかが記されている。その戦略は、どのようにして傷つきやすい野宿者が路上から立ち去るのを助けるか、以前野宿者だった人の生活をどう再建していくか、そして将来の野宿者をどう防ぐかという課題に、CATなどの革新的なアプローチを提案している。なお、資料として、この戦略の概要も掲載した。報告書・概要の訳は高橋美和によるものである。訳文中の注釈は、訳者によるものである。環境・交通・地方省『寒い路上から屋内へ一野宿に関する政府の戦略についての経過報告(2000年夏)一』

Department of the Environment,Transport and the Regions, Comimgin from the ColdProgress Report on the Goverments Strategy on Rough SleepingSummer 2000

 

)さしあたり、厚生省「前掲報告書」、伊藤泰三「イギリスのホームレス対策の現状」(日本社会福祉学会報告、20001124)を参照。

)このRSIに関するSocialExclusionUnitによる施策評価については、伊藤「前掲報告」を参照されたい。20009月、我々は、約20数箇所の関連団体、研究者、政府機関、警察などでイギリス・ホームレスに関する聞き取り調査をおこない、筆者の他、小玉徹(大阪市立大学経済研究所)、岡本祥浩(中京大学商学部)、垣田裕介(大阪府立大学大学院社会福祉学研究科博士前期課程)が参加した。今回のイギリス・ホームレス調査では、聞き取り過程をすべてビデオカメラ・テープレコーダーによって記録し、帰国後、編集した。これらのビデオテープの編集は、伊藤泰三(大阪府立大学大学院社会福祉学研究科博士前期課程)、詳細な翻訳は、高橋美和(ロンドン大学キングスカレッジ修士課程、当時)がおこなった。


□序論 

 Social Exclusion Unit3)による1998年の報告書は、野宿(rough sleeping)の問題の範囲と原因を明白にした。報告書の発表に続き、新しく野宿問題委員会(Ministerial Committee on Rough Sleeping)が設立され、委員長にHon Hilary Armstrong議員4)が就任した。Rough Sleepers Unit(RSU)は、19994月に設立され、5月にはLouise Caseyが責任者(Director)に就任した。その年の夏までには、RSUのスタッフ全員が揃い、国の野宿問題に対する戦略の土台となるものが、幅広い分野からの協力者との協議を通して築かれていった。ホームレス問題に積極的に取り組むボランティア団体だけではなく、地方自治体、保健省などの他の省庁、警察、そして野宿者(rough sleepers)や過去に野宿者であった人達もRSUに協力してくれた。

 19991216日に首相により政府の戦略として公表された`Comimgin from theCold'は、2002年までに野宿者の数を少なくとも3分の2減らす(すなわち、3分の1以下に減らす)という政府の目標の達成にむけ、RSUがどのような計画をたてているかを詳細に記している。その戦略は、傷つきやすい野宿者が路上から立ち去るのを支援し、以前野宿者だった人の生活を再建し、そして将来の野宿者を防ぐという課題について、革新的なアプローチを提案している。

 その後、いくつかの課題についてはすでに達成された。

・イングランドの野宿者を10分の1減らすという最初の目標は、199912月までに達成した。われわれが力を入れたのは、早朝に、薬物常用者、アルコール中毒者、または精神障害者などの最も傷つきやすい人々が路上から立ち去るのを支援することだった。

・われわれは、人々が野宿生活から、就職、教育、訓練、または社会の一市民としての活発な生活への移行を支援する新しいサービスを各地に計画した。

・われわれは、将来の野宿問題を予防するための明瞭な計画をもっていbこれは、保護施設や軍隊、刑務所を出ていく人々に対して今日支援することによって、明日路上に来るのを防ごう、というものである。

 )Social Exclusion Unitとは、社会的排除に関する種々の問題について、調査や報告をする政府の委員会であり、1999年に設置された。以下、SEUと略記。

)地方省(Minister of State for Local Government and the Regions)の大臣。


1章 今晩野宿をする人への支援

  政府の戦略は、早朝に路上で野宿をしている最も傷つきやすい人々に焦点をあてて助ける、という基本原則に基づいて発展してきた。これらの人々の多くは、重度の精神障害者や、薬物あるいはアルコールの中毒者である。この戦略の鍵となった原則は、今まさに野宿をしている人々を助けることに焦点をあてることであった。ロンドンでは、Contact and Assessment Teamsの設立5)、ローリングシェルター6)の立ち上げ、年配の野宿者のためのナイトセンター7)や、若者のためのセイフストップ8)の開発、スープランやクロージングラン9)のより上手な調整をした。

 イングランドの他の地域では、大きな野宿問題を抱える33の地方自治体において、野宿者の数を減らすための正しいサービスが必要とされる所で提供されるよう、それぞれの自治体の戦略の見直しに踏み込んだ。これらの見直しは、どこで新しいサービスが必要とされているか、どこですでに存在するサービスに再び焦点をあてる必要があるかを確認した。この見直しの結果は、2000年夏以降に実施されていくであろう。 

)末尾の資料1参照。6)詳しくは後述。7)詳しくは後述。8)詳しくは後述。

)スープラン(souprunsは食事を、クロージングラン(clothingruns)は衣服等を、路上で野宿者に配布すること。

 

◆アウトリーチにより焦点を絞ったアプローチ

3つのContact and Assesment Teams(CATs)20004月からロンドンの中心部で活動している。それぞれのチームは別個のエリアを担当しており、各々のエリアの野宿者に話しかけ、住居に入るための必要な支援を与えることに責任がある。CATsは政府により作られたが、ボランティア団体により運営されており、精神障害者のための専門家など、多くの領域にわたる人々から成るチームである。CATsの活動する3っのエリアは、セントラルノース(担当団体:セントマンゴス)、セントラル(担当団体:テムズリーチ)とセントラルサウスアンドウェスト(担当団体:テムズリーチ)である。

・ロンドンの他のエリアについては、野宿者の集中度は低く、4つの鍵となるデイセンター10)がそれぞれContact and Assessment Approach11)を採用する、というかたちをとっている。これらのCATsの活動する4っのエリアは、ハマースミス、フルハム、ケンジントンとチェルシー(担当デイセンター:リバーポイントブロードウェイプロジェクト)、ノ`スカムデンとブレント(担当デイセンター:ブリッジスペクトラムセンター)、シティとタワーハムレット(担当デイセンター:セントボトルフズプロジェクトァルゲートセンター)、そしてランベスとサザーク(担当デイセンター:セントマンゴスノースランベスデイセンター)である。

・バーミンガムやブリストル等のイングランドの他のエリアについても、最も傷つきやすい人々が路上から立ち去るのを支援するために、多領域にわたる同じようなCATsが設立されつつある。

 10)野宿生活者等が主に朝食の提供を受ける。センターによっては、散髪や洗濯、シャワー、衣服の提供や、ホステルの紹介等も行っている。

11)上記のCATsが採用している、野宿者を支援するための手法。

 ◆路上の代わりにベッドを提供する

・ロンドンには、single homeless people12)のためのホステルが450以上ある。それらのホステルは合計で約19,600ベッドを供給する。The Rough Sleepers Initiative13)は、過去10年の間に、ホステル内に特に野宿者のためのベッドとして、約1,300ベッド分の資金を出した。

・野宿者は、最も傷つきやすく、最も社会から排除されている人々の一部であるため、`Coming in from the Cold'という戦略は、ロンドンに野宿者が利用できるホステルのベッドが、850以上追加されることを保証した。またRSUは、23のプロジェクトを、ボランティア団体や住宅公団等(Housing Corporationhousing associations)と協力して遂行するため、2,900ポンド以上を費やした。

・上記のホステルのベッドに加えて、RSUは利用可能な4,500以上の恒久的住宅を確保していく。これらの住宅は、以前から野宿者であった最も傷つきやすい人々を対象にしており、新しくできた借用維持チーム(tenancy sustainment teams、以下、TSTs)14)と協力していく。

・ロンドンの外では・地方の施策見直しの一貫として、必要とされているところに十分なベッドを確保するため、地方自治体と共に仕事を進めている。この仕事は、各エリアの住宅難の差異に目を向けたり、社会保障省(Department of Social Security)により資金提供されたホステルや住宅を見直すことなどを含む。

・また、20004月からはロンドンにローリングシェルターができ、約120の臨時ベッドが用意された。これらのシェルターは、CRASH(建設業者がイニシアチブをとり、single homeless peopleを支援するための組織)により指定された、首都近辺の空きビルを利用している。このCATsによる野宿者のための設備が一年中稼働するようになると、将来のwintershelter15)に取って代わる存在となるであろう。 

12)法による保護を受けることのできない単身者のホームレスをさす。

13)Rough Sleepers Initiative(以下、RSI)は、RSUの前身的存在。1990年から野宿者の数を減らすため尽力してきた。詳しくは末尾の資料1参照。

14)借用維持チーム(Tenancy Sustainment Teams、以下、TSTs)とは、野宿者が恒久住宅に入った際に借用を維持するため、必要なサポートをするチームである。

15)冬期のみ、教会等を利用し、野宿者達を宿泊させるプログラム。通常、朝食後に出ていかなければならず、次の晩にも宿泊するためには、夜再び並ぶ必要がある。

 ◆若者と高齢者のためのサービス

 現在資金提供しているホステルや恒久住宅に加えて、政府の戦略は、傷つきやすい人々をその年齢に応じて助けるための特別の提案をしている。

・セイフストップ(Safe Stop)は、ケアを離れた人々16)を含む傷つきやすい若者のために、ロンドンのウエストエンドに20007月から始動する。これは、センターポイント(ボランティア団体(Centrepoint)により管理され、家族との仲裁スキームを提供するアローンインロンドンサービス(Alone in London Service)と連絡を取り合い、緊急の宿泊施設を提供することになる。

・ナイトセンター(Night centre)は、ロンドンのセントマーティンスインザフィ−ルド教会において、20009月から始動される。ロンドンには、あまりにも長い間路上にいたために、路上から屋内に入って来る望みを失ってしまった高齢の人々がいる。このナイトシェルターは、これらの人々が路上から屋内に入る最初のステップとなる。 
16)
詳しくは第3章参照。

 ◆誰を支援するべきか、より明確なビジョンをもつこと

RSUは、どこから新しい野宿者が来て、どんな問題を抱えているかを明らかにするため、そのプログラムを評価、見直しするであろう。これは、この戦略の鍵となるリサーチの結果を明らかにするだけでなく、この戦略の効果を明らかにすることにもなる。

RSUは、次の2っの別個のシステムを連結し、またそれを基盤とする新しい情報モニターシステム(a new information and monitoring system)を開発するため、「住宅情報サービス」(`Housing Services Agency and Resource Information Service')にも資金提供している。この2つのシステムとは、ロンドンのホステルの空き情報に関する包括的データベースである`Hostelson Line'と長期野宿者のデータベースである`Outreach Directry'である。この新しい情報モニターシステムは2000年秋までに稼働し始めるであろう。
 

◆正しい方法で正しい支援を与えること

・スープランのような路上におけるサービスの激増は、私たちの取り組むべき問題の一つである。ロンドンの中心のストランド(Strand)エリアでは、どの夜にも12の別のグループが野宿者に食事を持ってくるのに対し、他のエリアでは全くサービスがないのである。

・救世軍(Salvation Army)は、スープランを調整し、これらのサービスが新しいナイトセンターや他のプロジェクトを通して与えられるよう勧めるため、RSUより資金提供されている。野宿者が必要としている支援は、その根底にある薬物、アルコールや精神障害の問題に取り組むための支援だからである。
 

◆薬物やアルコール常用と闘うのを支援すること

 この戦略は、薬物やアルコール常用の野宿者への適切な援助や支援の重要性を強調しでいる。

・ロンドンでは、この戦略に基づき、専門知識を持つワーカ」(specialist workers)50人採用するために、すでに資金が出されている。これらの専門のワーカーは、CATsTSTs、ホステルやデイセンターを含む、全てのRSUが資金を出しているサービスにおいて活動する。20009月までにはさらに30人の専門のワーカーが加わる。

・無秩序で不安定なライフスタイルのため薬物の誤用、中毒となっている野宿者に好結果をもたらすように彼らを扱うのは難しい。従って、RSU`UK Anti DrugsCo-ordination Unit'は共同で100万ポンドを超える資金を出し、ロンドンに余剰のサービスを提供している。

・ロンドンの外においては、RSUは、野宿者の最も多い7つのエリアに80万ポンドの追加資金をかけて、薬物、アルコール、精神障害の問題に対処するサービスを確保するため、さらに援助をすることを保健省(Department of Health)と同意した。

RSUはまた、Homelessness and Drugs Unit within Drugs Scope(SCODA)17)にも資金提供した。この専門家のサービスは実用的な支援を与え、不法な薬物を常用しているホームレスを取り扱う人々のために良い実例を紹介している。またスタッフに対し、薬物常用のホームレスの人々を助ける担当省庁(Statutory Agencies)とどのように交渉するかをアドバイスする。 

17)薬物常用のホームレスの人々への支援や対策を講じる。

 

◆平等にヘルスケアを受ける権利の確保

 身体的または精神的健康に問題のある野宿者は、以前からヘルスケア(healthcare)を受けるのが難しかった。

RSUは、ロンドンと野宿者の最も集中する3つの自治体に対し、その域内において利用できる基本的なヘルスケアについて聴聞している。これは全ての野宿者が基本的なヘルスケアを受けられること一すなわち、特定の規定によ一て保謝れること、または主要な一ルスサ杁を実際授けることが出来ること一を確実にすることができる。

・保健省は、ロンドンの中心にいる野宿者のもつ特定の問題を考慮して・ウェストミンスタ_区に対し、深刻な精神的または身体的病気をもつ野宿者に社会的ケアを与える責任を果たすため、追加資金として200万ポンドを出した。これは、2000年秋までにロンドンの中心で稼働開始する予定のSpecial Needs Response Teamの追加的措置である。このチームは、医師や警察から成り、特に助けを必要としている野宿都即座に対応できるようにする。

・精神的な健康を損なっている野宿者のためのボランティア団体で働くスタッフを訓練する国の組織(Nationl training scheme)は、RSUにより資金提供されて設立された。その基盤は、南ロンドンとモーズレイ地区のNHS財団における既存の多目的訓練(multi-disciplinary)チ−ムである。訓練はプロのトレーナーと精神科医により行われ、ボランティア団体のスタッフが精神病について正しく理解し、正しく接するように指導している。また、精神病をもつホームレスのためのチーム(Homeless Mentally Ill Initiative team)の専門医からも指導、訓練を受けている。

 

◆給付を必要とする者の給付へのアクセス

 必要とする全ての者が、彼らがもつ権利である福祉の利益を享受することは重要なことである。SEUの報告で挙げられ課題の一つに、住宅給付7ステム(Housing Benefit system)の手続きの煩雑さがある。

RSUと社会保障省は、野宿者が最初にホステルに入る際の申込用紙の簡略化を実現した。これは、ウェストミンスター区に先導され大き成功を収め、その結果このガイダンスは、野宿者が直接ホステルやナイトシェルターに入る際に利用されるよう、全ての自治体に紹介された。

.野宿者のように無秩序な生活スタイルを送っている人々は、個人証明できるものを見つけることが難しく、給付を受ける障害となり得る。RSUと社会保障省は、住宅給付を受けるための身分証明のしくみ(Housing Benefit Verification Framework)の要件を緩和し、身分証明をするまでに13週間の猶予期間を与えるよう尽力した。

RSU・給付部(Benefit Agencies)と雇用サービス部(Employment Service)は、2000年クリスマスまでに野宿者のために、ロンドンの中心にワンストップショップ(One Stop Shop)を設立しようとしている。野宿者はここで給付や給付申込の手助けを迅速に受けることが出来る。当分の間は、質の高くなったサービスが既存の役所で提供される。

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