(6)農山村への移住

   次に、自立支援センター入所者の中には「農業への従事」を希望する人もあり、新たな労働市場としての農村移住について考えていきたいと思う。図2-9は「新たに農山村へ移住し、就労・生活していくことが可能であれば行きたいと思いますか。」という質問に対して得られた答えを集計した結果である。

2-9.農山村への移住

@農山村移住希望する

「もし、農村で、ちゃんと畑とか田圃とかがあって、生活が成り立つとしたら、農村に行ってもいいと思いますか?」

「行きたいと思うよ。」

「農業やったことありはるんですか?」

「あるよ。小さきときにやったな。育ての母親が小さな畑やってたのを手伝っていた。...」(Case37

 

 また新たに農山村に移って仕事をすることについては、「そりゃあ、できたらぜひしたいわ。田舎がええよ。都会は疲れるしね。若い時分は都会にあこがれたりしたけども、年とったら田舎で仕事しながらゆっくりしたいよ」。(Case 40

 

A農山村移住を希望しない

 次は、大阪で生まれ育ち、農業の経験がないので、農山村の生活を希望しない事例である。

 

「もし、農山村で生活が確立されるとしたら、農業やってみようと思う?」

「いや、思わんな。農業は誰でもできるとは思わんな。わしみたいに大阪で生まれて、一度も農業をやったことないやつには、無理なんとちがうかな。」

「やっぱりそうかな。」

「そう思わんか?そんな農業もあまくないやろ。」(Case 24

 

 農山村での就労については「農業なんてしたことないで。でも考えるよ。ちゃんとできるんやったら」。それで確実に生活していけるのならという話である。(Case 45

 

 上の事例のように、農業で確実に生活できるのかという不安は聞かれた。

 

 実家は農家のようで地方で農業などをしますかと尋ねると、田舎に帰れば農業はできる、でも今農業じゃ生活をすることはできんと言っていた。昔は高く買ってくれたからちょっとつくっても生活できたけど今は米安くてたくさんつくってもお金にならないと言っていた。(Case 23

 

 また、過去に農業に従事していた人でも、かえって農業に従事していたからかもしれないが、農業で生活していくのは難しいのではということを話してくれた。

 

 このように、生活を確立することへの困難さは、決して「農村移住」に限ったことではないと思われる。しかしながら、彼らがこのような不安を抱くのは、「経験がない」仕事をしなければならないからだけなのだろうか。不安を抱くその背後には、野宿生活者が低賃金(ときには無給)で都合の良い労働力として利用された、もしくは利用される可能性があるという問題を含んでいるからではないだろうか。

 

 以下、釜ヶ崎から飯場に仕事に行って不当な条件で仕事をさせられている事例を紹介しておく。

 

 仕事がでたといっても賃金はだいたい11500円。9000円のところもあった。このあいだは1万円/日で飯代3800円、そのほか3000円とられて、一日3200円しかのこらないところがあった。

 この日も姫路の高速道路の橋桁の工事に行ったものの残業が多く、朝出に残業をしても時間外がつかないのででてきたところだった。

 最近は本当にひどい場所が増え、二級の印紙を貼るところもある。(Case 34

 

 先の「(5)就労ニーズ」でも述べたが、野宿生活者自身、決して安価な賃金で仕事に就くことを望んでいるわけではない。現在の仕事に就けない状況よりは、低賃金で働く方がマシなだけであって、決して望んではいないのだ。

 就労による自立をするためには、農山村に行って農業研修を受けようと思うだろうが、それを悪用し低賃金(もしくは無給)で労働力を獲得する組織が生まれてきたときどう対処するか、そしてもし、実際農山村に行った後、何らかの理由で戻ってきたいと考えたとき、いつでも戻ってこれる(受け入れる)ことができるような施策が必要ではないだろうか。

 

(7)野宿生活者自身が考える就労困難理由
   〜なぜ仕事につけないと思いますか〜

  野宿生活者自身が仕事につけない理由として、最も多かったのが「求人の年齢と自分の年齢とがあわない」、次いで、「身元保証できない(住居がない・連絡先がない・身元保証人がいない)」、「条件にこだわっていないがとにかく仕事がない」をあげている人が多かった。

 また、選択総数を見ても分かるように、一人あたり約3 つの理由をあげている。つまり、仕事に就けない理由を一つとは考えておらず、複合的な原因と思っているのではないだろうか。

2-5.仕事に就けない理由

■年齢

 今回聞き取りをした野宿生活者の大半が、仕事につけない理由として「年齢」をあげていた。今回の調査協力者の平均年齢が56歳であることを考慮するなら当然の結果なのかもしれない。

 ■とにかく仕事がない

 「とにかくいまは不景気で仕事がないので仕事がでるまで待ってる」

 行政にはとにかく仕事を斡旋してほしいとのことだった。いい仕事(ピンハネとかされない仕事)がほしい。(Case 9

 

「なんで仕事につけないと思います?」

「そら、仕事がないからやろ。とにかく仕事がないもんな。確かに、年も問題やけどな、それ以上に仕事がないわ。」

「他に、野宿してはって、住所とか連絡先がないから、仕事につけないとか?」

「いや、それはちがうと思うで。紹介してもらう仕事があってからの話とちがうか?紹介してもらう仕事もないような状況で、どうしろっていうんや。そう思わんか。原因は、仕事がないことが一番や。紹介してくれる仕事があって、その次に、年齢、そして賃金の問題があると思うけど。ちゃうかな。」

「紹介してもらえる仕事がないのは、住所がないせいではないの?」

「いや、ちがうは。とにかく仕事がないのが問題なんやで。」

「そうか。で、仕事につくために行政にのぞむことは?」

「そら、仕事を紹介してくれることやろ。」

「職業訓練とか、住むところとか、身元保証とか、ありませんか?」

「仕事がなかったら、どれとっても話にならんやろ。仕事がないのに、そんなことしてくれても、すぐまた野宿やで。だって生きていかれへんもんな。そう思うやろ。」(Case 25

  ■希望の仕事

 コンピューターの会社で長年働いていたが、資格や免許などはない。何よりコンピューターが使えるといっても、そのような仕事の求人は若い人ばかりで50 歳を超えた自分のような者は雇ってくれないと言う。「コンピューターのことやったらよう知ってるけれども、まあ免許は持ってないよね。資格とかもないっていうことにしとこか。パソコンでも何でもたたけるんですよねっていうても、年齢がねってなるんですよ」。(Case 21

 

 「希望の仕事」というのは、上の事例のように、自分が現在持っている知識や技能(上の事例ではコンピュータに関する知識)を活かせる仕事とほぼ同じなのかもしれない。

 ■複合的な理由

「まあ、求人と自分の年齢とがあわないっていうのが一番やな。住居がないのでっていうのも大きいかなあ。身元を保証できないっていうんとはちゃうかもしれへんけど、ドヤなんか住んどっても、あれは住居じゃないからな。呼び出し電話もしてもらえるけど夕方くらいまでやからなあ。ガードマンとかって『明日行けるか』とか急に入るから連絡すぐつけられんと仕事取れんわけよ」。(Case 38

 

「へんな質問なんやけど、なんで仕事につけないと思います?」

「まず年齢やな。経験があってもあかんねんな。それにかえって、経験があるから賃金が高くなるってことで、敬遠されてるのもあると思うで。それと、家が無いってことや。連絡先がないのと身元保証できへんのと。当然身元保証人なんておらんもんな。」(Case 43

 

 ほとんどの事例が、上に示したように、年齢と身元保証など複数の理由を選択していた。

   以上、「なぜ仕事につけないか」という質問に対して得られた答えをみてきた。ここで、野宿生活者自身が仕事につけない理由として語ったことは、行政や企業に対する要望と対応している。

参考表 調査対象者のCase番号と属性

Case番号

聞き取り場所(市レベル)

年齢

野宿形態

仕事の有無

1

大阪市

56

テント

仕事あり

2

大阪市

65

非テント

仕事あり

3

大阪市

57

テント

仕事あり

4

大阪市

50

テント

仕事あり

5

大阪市

51

テント

仕事あり

6

大阪市

60

非テント

仕事あり

7

大阪市

58

非テント

仕事あり

8

堺市

62

テント

仕事なし

9

堺市

40

テント

仕事あり

10

堺市

59

テント

仕事あり

11

大阪市

65

テント

仕事なし

12

大阪市

63

テント

仕事あり

13

大阪市

60

非テント

仕事なし

14

大阪市

53

非テント

仕事なし

15

大阪市

56

非テント

仕事なし

16

大阪市

54

非テント

仕事なし

17

大阪市

61

テント

仕事あり

18

大阪市

48

テント

仕事あり

19

大阪市

57

テント

仕事あり

20

大阪市

60

テント

仕事なし

21

大阪市

53

テント

仕事あり

22

大阪市

54

テント

仕事あり

23

大阪市

年齢不明

テント

仕事あり

24

大阪市

58

テント

仕事なし

25

大阪市

64

テント

仕事なし

26

大阪市

56

テント

仕事あり

27

大阪市

64

テント

仕事あり

28

大阪市

64

テント

仕事あり

29

大阪市

58

非テント

仕事あり

30

大阪市

69

非テント

仕事なし

31

大阪市

54

非テント

仕事あり

32

堺市

52

テント

仕事あり

33

堺市

49

テント

仕事あり

34

シェルター

43

シェルター

仕事あり

35

シェルター

35

シェルター

仕事あり

36

シェルター

65

シェルター

仕事あり

37

シェルター

61

シェルター

仕事あり

38

シェルター

60

シェルター

仕事あり

39

豊中市

年齢不明

非テント

仕事あり

40

豊中市

51

テント

仕事あり

41

豊中市

60

非テント

仕事あり

42

シェルター

63

シェルター

仕事あり

43

シェルター

51

シェルター

仕事あり

44

シェルター

54

シェルター

仕事あり

45

シェルター

59

シェルター

仕事あり

46

シェルター

49

シェルター

仕事あり

47

八尾市

64

テント

仕事あり

48

八尾市

52

テント

仕事なし

49

八尾市

60

テント

仕事あり

50

八尾市

年齢不明

テント

仕事あり

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