釜ヶ崎における福祉型自立の障壁と課題 by Naoko Kawamura
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はじめに      

野宿者問題が、現在のような形でマスコミなどで騒がれ始めたのは、90年代中ごろである。その数は現在、全国で3万に達するといわれ、もはや無視できない大きな社会問題に発展している。問題の深刻化をうけて、政府は99年2月、「ホームレス問題連絡会議」を設置した。野宿者の急増は、バブル崩壊後の不況の影響をうけているが、さらに、これまで日雇労働に従事してきた人々の高齢化、産業構造のミスマッチ、就労形態の変化のしわよせを被る中高年層の失業による野宿化が、問題をより複雑にしている。わずかに景気は上向き傾向にある、といわれているが、若年層の就職さえ懸念されている今、わずかな景気上昇が彼らを路上から掬い上げることはないだろう。

野宿生活とは、当然だが住居のない生活(行政は、公園や駅付近など、公共の場でのテント生活を「不法占拠」とし、住居とは認めていない)である。そしてこうした生活を営む住所不定者は、社会保障の網の目から、ほとんど抜け落ちてしまう。先進国における貧困は、所得が低く、最低限の生活を営む権利を剥奪されるだけでなく(整備され、誰もが利用できると錯覚されている)社会的緒制度の枠組みから排除されるという意味を持つ。本来、彼らを守るのが、最後のセイフティ・ネットといわれる生活保護のはずだ。しかし、第一章で後述するように、現在の生活保護運用は、その原理である憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」生存権を保障しない。本来、野宿に陥るほど困窮状態にあるく々を救うための生活保護法は、現実には、住所が不定だから野宿者を救済しないという、本質的な矛盾を抱えて運用されている。

野宿者の自立生活に関して、「就労型自立」か「福祉型自立」か、という言葉が使われることがある。前者は、就労による自立、後者は、生活保護受給による自立を意味する。自立生活を営むのに、働くのが当然ではないか、といわれるかもしれない。しかし、野宿者のほとんどは、働きたくても就労機会のない人々、高齢や長期の野宿生活により、体に支障をきたした人々なのである。彼らに就労機会を与えることができるのか。単なる緊急避難的な雇用対策事業ではなく、産業構造の転換、社会的価値窺の変容に見合った、長期的な就労対策が、早急に求められている。あるいは、健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるだけの、所得と住居を、生活保護によって保障しなければならない。

本論は、日本で最も多くの野宿者を抱える釜ヶ崎の事例を中心とした、高齢野宿者の福祉型自立(公的扶助を利用した野宿からの脱却と自立生活)における、障壁と課題に関する考察である。単身で、年金などの受給資格をもたない多くの野宿者たちには、たとえ再就職できたとしても、加齢や疾病により、福祉型自立へ移行せねばならない時が、人生のなかで必ず訪れる。

第一章では、福祉型自立の障壁としてまず、国民の意識を取り上げる。さらに、一大目雇労働市場としての釜ヶ崎の形成過程と、行政による労働・経済施策、社会保障制度からの放置について論ずる。

第二章では、大阪府・大阪市による、釜ヶ崎に対する最近の雇用対策と民生施策、さらに99年より始まった、国による野宿者問題への取り組みについて考察する。

第三章では、国際的な基準の観点から、海外の社会保障との比較を試み、フランス・イギリス・アメリカ・韓国のホームレス対策についてみていく。諸外国の進歩的なホームレス対策の根底にあるのは、国民の意識の高さと、社会保障としての居住権の認識である。

第四章では、福祉型自立によって、生活保護受給後の高齢化をどのように支えていくのかについて、地域ケアシステム構築の視点から考察する。

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