[an error occurred while processing this directive] 六甲山御案内
ロゴ (1) 六甲山御案内
六甲登山ロープウエイの駅長の傍ら、祖父は六甲山のガイド役も果たしていました。

以下で (1) 等は文献番号を表し、クリックするとリストを参照できます。

六甲登山ロープウエイのパンフレット六甲山御案内には、山上散策コースとして以下の3つが紹介されています。
△サンセツトロード廻り
△ノースロード廻り
△ダイヤモンドポイント廻り

六甲山御案内は、六甲登山ロープウエイの写真館で詳しく紹介しています。

注目はこの最後に、
尚各コース共指導標が建てられてあるも詳細は山上驛長室或は山上の案内所へ御尋ね下されば叮嚀に御案内致します。
とあることです。

祖父が駅長をしながら、山上の案内をしていたことが分かります。

たしかに、昔も今もどの駅でも、駅附近のことでしたら、尋ねれば答えてくださいますし、案内ぐらいは公共機関のサービスの一貫といえるでしょう。

しかし、祖父の場合、そんなハンパなものではなかったようです。

それを示す資料として、祖父が登山とスキーの雑誌 關西山小屋 第16號 六甲山特輯(1)六甲山ハイキング案内という項に掲載した、六甲山上ハイキング・コースという記事があります。
読まれたらお分かりになりますが、実際に山上を踏査しなければ、ここまでの文章は書けないでしょう。

地図
(六甲山御案内圖 − 六甲山御案内より)

案内

さらに興味を引くのは、同誌の同じ項に、本條 武夫 氏の書かれた、裏六甲ハイキング・コースという記事があるのですが、

裏六甲ハイキング・コース
本 條 武 夫
湯槽谷・灰形山コース
阿彌陀塚道(米澤道)・地獄谷コース
阿彌陀塚・石楠花コース
タイトルのみ
記事の詳細は割愛します

執筆者紹介
本條武夫氏 神戸觀光課勤務、かうべアルペンサークルを世話してをられる。

その最後に、
附記 裏六甲のうち、上記の三コースは、六甲ロープ・ウエイの山上驛勤務の高岡勇氏も常に賞めて居られるコースであり、同氏は又裏六甲のあらゆるコースの精通者であるから、今後始めて、この方面にはいらうと思ふ人は、途中山上驛に立ち寄つて、勤務の邪魔にならない範囲で、豫め注意を乞はれた方が安全と思ふから、ちよつと茲に書き添へて置く。
とありますから、余程詳しかったに違いありません。
ほとんど庭同然だったように思われます。
しかし、いつの間に歩いていたのでしょうね。

以下に六甲山上ハイキング・コースの全文を掲載します。


六甲山上ハイキング・コース −關西山小屋 第16號 六甲山特輯 六甲山ハイキング案内より−
原文は縦書きですが、やむなく横書きにしています。
なお、意味の変わらない範囲で、字体を変えています。
挿し絵は六甲山御案内のものです(原文にはありません)。

六甲山頂縱走コース
コース 阪急電車六甲驛 - (市營バス・ロープウエイ連絡) - 六甲ロープウエイ山上驛 - ゴルフ場 - 極樂溪 - 最高峰 - 石の寶殿 - 船坂峠 - 讓葉峰 - 鹽尾寺 - 阪急寶塚驛
工程 十六粁、徒歩六時間
費用
大阪より(往復) 一圓二二銭 カット(1)
但し大阪より六甲山上まで 九〇銭
神戸より(往復) 一圓〇三銭
但し神戸より六甲山上まで 六〇銭
このコースの特長は、全コースが尾根道ばかりで展望も廣く、全體が非常に明朗な感じを持つてゐる點、山頂ハイキングコース中最も一般向であり婦女子と雖も殆ど疲れを覚えずしてハイクれる點、山躑躅と秋草が多く群生してゐる點等であり、從つて本コースを選ぶべき季節はつつじの滿開したる候、即ち五月中旬から六月上旬と、秋草の咲き揃ひたる八月下旬から十月一杯位を最もよしとする。
又秋季には六甲山特有の眞紅の櫨紅葉が點在し、宛然綾錦の感がある。

さてコースを辿って見ることにしよう。

ロープウエイ山上驛前を東へとり、六甲山開祖之碑所謂記念碑の東側を右へとり約二百米、古川商店の東側を左折して以後右へ辿れば約五百米にしてゴルフ場に到る。
六甲山ゴルフ場は、明治の末期英人グルーム氏等の創始に成り、本邦最古の歴史を誇り現在神戸ゴルフクラブの經營に依る。

この中を東へ直行し、遊園地を突き拔けて極樂溪に出て、更に東へ石の寶殿までドライヴウエイを辿る。
ドライヴウエイを僅かばかり通らねばならぬことが、難點といへば難點だが、然しこの邊りから石の寶殿附近迄は、限界を遮る何物もなく、縹渺たる大阪灣を越えて紫紺に霞む紀泉大和の峰を一望に収めその眺望の雄大さは筆舌につくし難い。

極樂溪から約二粁にして最高峰(九三二米)に達す。
最高點を大山と稱し、頂上に大楠公の銅像を安置す。

更に約八百米東行して石の寶殿に到る。
石の寶殿は廣田神社の奥之院の稱があり、白山權現を祀り、附近に神功皇后を祭る祠がある。
拜殿の東側の斜面を降り、ドライヴウエイを越えて小山に取り付き、所謂舊縱走路に入る。
絨毯でも敷いた樣な柔かい並木道の小起伏を上下して船坂峠の附近に到れば、すばらしい萩の古木が群生し、女郎花、男郎花が點綴して美しさ言はんかたもない。
船坂峠を東へ五、六米寄り道して北を見れば、船坂村の閑雅な田園風景を一目に望み得られる。

後返りして更に東へ約三粁半、標高五二一米の讓葉峰に到る。
右に見える大ズレが有名な千石摺りである。

これより約五百米東、四八九米地點附近から寶塚の街が見え隱れし初める。
ここから見る薄暮の寶塚風景はえも言はれぬ味はひがある。

更に五百米東行して鹽尾寺に到る。
鹽尾寺は眞言宗の寺で本尊は十一面觀世音である。

これより降り道となり、約一・八粁にして阪急寶塚驛に到る。

このコースのよさは到底禿筆の盡し得る所でない。
最後に敢て推奬するに足るコースであるといふことを申し添へて置く。


摩耶山天狗道コース
コース 六甲ロープウエイ山上驛 - 三國池 - 六甲道 - アゴニイ坂 - 摩耶山八洲嶺 - 天狗道 - 市ヶ原 - 布引 - 阪急神戸驛
工程 十五粁、四時間
費用
大阪より(往復) 一圓三三銭 カット(2)
神戸より(片道) 六〇銭
本コースも山頂縱走コースと共に、最も一般向きなるものの一つである。

ロープウエイ山上驛を左へ、六甲ホテル前を西へ直行して三國池に到る。
この池は外人村時代にはグルーム池と稱してゐたが最近直ぐ上にある三國岩の二字を取つて三國池と稱してゐる。

池の入口を左へ折れて一氣に降れば、サウスロードの西端へ出る。
小さな摺の右側を上れば六甲道に接續してゐる。

それより尾根道を約一粁降れば小笹の密生した小川に出る。
小川を渡つて數間、笹の中を左右に岐れる道がある。
左は五毛に至る杣谷道、右はシエール道で川獺池を經て石楠花山に通ずる。

更に約三百米でアゴニイ坂に至る。
右は徳川道でトエンテイクロツシングを經て布引に出る。
これを左へアゴニイ坂を登れば後は八洲嶺まで、可成り平坦な尾根道だ。

振り返れば、今踏破した六甲山の雄大な姿が懐かしまれ、左に阪神の海岸線と縹渺たる大阪灣を望み、右は小さい乍らも高原の樣な感じを持つ緩いスロープである。

その心も浮きたつ樣な尾根道を約七百米進んで八洲嶺の頂に至る。

頂との岐路を右へとつて三百米程下り、小さな頂に上れば尾根が二つに岐れ左側の露岩の散亂してゐる尾根は行者尾根で吾々は右の尾根を降り、更に地肌を現はした尾根に取り付き、五百米ばかり尾根道を進めば五五五米の頂に立つ。
この邊の展望も亦雄大で、四國の淡影も眺められる。

五五五米の頂とで二つに岐れた尾根道を右へ下り詰めれば市ヶ原である。

これより左へとり紅葉茶屋の前で道が二つに岐れ何れも布引に出るのであるが右の小門を入つて進めば水源池内を見學しながら布引の瀧へ出られる。
但しこの道は午後四時までと時間の制限があり、犬猫等の畜類を連れて通ることは許されない。
左の道は布引水源池を右に見ながら進み、雄瀧の上で前の道と一つになる。
これより右のコンクリート鋪裝路を降り、布引に出る。


執筆者紹介
高岡 勇氏 六甲ロープウエイ山上驛勤務。


参考文献
番号 著 者 名 書 名 発行年 出 版 社 蔵書図書館
(1) 關西山小屋編輯部 關西山小屋 第16號
(昭和12年10月号)
1937 朋文堂 西宮

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